2016年度 卒制を振り返る

この時期は、4年生ロス症候群の直前で、いつも気持ちがザワザワします。
今年の卒業生は18名。私が赴任して以来最も多い人数で、バリエーションも広がり見応えのある展示になったのではないかと思います。
例年通り、卒業制作の作品について私自身の整理の為にも、全ての作品を紹介したいと思います。会場で御覧頂いた方々も、その背景にあった学生達の想いと頑張りを感じて頂ければと思います。
この1年間、頑張った学生達の顔を思い出しながら、振り返るこの時間も私には幸せなひとときです。

市川双葉 甘路
市川
JDN選抜・優秀賞おめでとう。
彼女の全力疾走感はハンパ無い。「甘路」は全国47都道府県の銘菓をピックアップし、それぞれの菓子に縁(ゆかり)のあるストーリーやイメージに合わせた小皿をデザインした作品。旅行に出かけた時のお土産として買い求める地方の味覚をより印象的に演出すると共に、味だけでは無く記念品として手元に残るアイテムを添えることでギフトとしての価値を高め、更にそれをシリーズ化することで、バリエーションを持ちながら統一感のあるコレクションアイテムとしての付加価値を加えた。ピックアップされた菓子をカタログ化し、地方を訪れる時の探す楽しみや、ギフトとして贈り贈られる親しい友人達に想いを馳せるコミュニケーションツールとして、地方の味覚を捉えている。従って訪れたその地で作りたてを味わう郷土料理では無く、お土産として手軽に持ち運ぶことが可能な菓子に注目し、旅行好きでスイート好きな若い世代は勿論、豊かな日本各地のスイーツを俯瞰し文化的に改めて認識する点で幅広い層をターゲットとして想定している。載せる菓子を引き立てると同時にシリーズ感を演出する為に、敢えて白い陶器という素材を中心に、シンプルな輪郭の中に表情豊かなレリーフやエンボスなどでパターンの変化を生み出す手法に拘った。淡い陰影の中に、日本人の好む素朴ながら清楚で豊かな表情の美しさを追求する為に、エンボスを押す型の制作に最新のレーザー加工機を使用するなど、新しい陶芸の表現手法にもトライした意欲作となった。毎日終日陶芸工房に籠もりきりだった彼女の本当の笑顔を見たのは卒展会場だったかも知れない。

加藤拓哉 comoru
加藤
優秀賞おめでとう。
狙い続けた自動車メーカーへの就職を果たした彼は、ブレること無くモビリティーの分野に挑戦した。comoru は、名前の通り、狭い空間だからこそ得る事の出来るプライベートな空間を使い、1人の時間を満喫する為のクルマ。(パッケージはタンデムに2人乗れるレイアウト) 四隅に配置された車輪には流行のインホイルモーターを使った小廻りの利く機動性と、不安定とも見える車幅をバッテリーの床下レイアウトで低重心化を図りつつ、室内空間をシンプルに広げる手法は特に新しい発想では無いが、「引きこもる」という言葉をポジティブに捉え「魅力的な生活スタイル」だと宣言する切り口はユニークで今風だと感じた。電動化の流れの中で移動手段としての性能もさることながら、移動した先で「停まっている時の価値」を見つめ、自分の部屋の延長として大きな画面で映画を楽しんだり、デスクワークをしたり、車内泊が出来たり、仲の良い2人で時間を過ごすなど…趣味の世界に浸るための空間に重きが置かれている。 若い世代をターゲットにしているが、父親の復権が絶望的な時代、逃避行したいオヤジにも響くかも…(笑)最終的には外連味の無いシンプルなカタチに落ち着いたが、生活の背景、生活者のマインド、用途、パッケージ、サイズ、構造、スタイル、カラー…と一通りのプロセスを経て、コンパクトなパーソナルモビリティーを模索した彼の姿は卒業後に彼がもがき苦しむ体験の序章かも知れない。クレイモデルの塗装に失敗したと本人はとても気に病んでいたが、初めてのプロセスばかりのフルサイズのテーピングやクレイモデルのフィニッシュなど、その健闘を讃えたい。

坂口夏佳 Carry art
坂口
Carry art は、若い女性をターゲットとしたスケッチ旅行用キャリーボックス。 画材はもちろん、スケッチブックや椅子、イーゼルまでをひとまとめにして運んでしまおうという美大生ならではの「あるある」ネタのせいか、共感できる人も多いのではないかと思う。収納や移動といった機能的な側面を満たす為に即物的なアプローチが強く、女性を意識したフィニッシュに苦慮した様だが、アンティークな革のカバンにそのイメージを求め、持ち手の曲げ木やフレームのステイン処理など、シックな外観に落ち着いた。革のベルトがアクセントになり、本人が意図したちょっとしたオシャレ感は達成できたのではないかと思う。彼女も木工室での作業に明け暮れたが、その工程は平坦では無く、伸縮するハンドルの構造、各パーツをホールドする仕組み、キレイなカーブに拘った曲げ木のハンドル、レザー(合皮)の貼り込みなど多くのプロセスをコツコツ仕上げていくクラフト作業となった。歩いて行ける所ばかりでは無いスケッチ旅行を考えると、電車の網棚やクルマのトランク、飛行機のバゲージチェックなどとの寸法検証や固定方法、イーゼルとして使用する時に地面の水平を担保するアジャスターなど、更なる視点の追加でクオリティーを上げていける可能性を感じる。

坂本巌 HouZoo
坂本
3年生の時から暖めていたという、動物をモチーフにした家庭で使う収納用具。モチーフに選んだ動物の生態や特徴を活かした機能を考え、シリコンで型取りしながら形状の改良や色のチューニングを行った。 忠実に主人の鍵を咥えて佇む犬のキーホルダー、差したカトラリーが羽の様に広がる孔雀の食器立て、巻いたコードがとぐろを巻く姿になる蛇のコードリール、尻尾に歯ブラシを巻き付けホールドするタツノオトシゴ型フック、ペンやハサミなどを立てると背びれになるミノカサゴ型文具立ての5点を展示。 家(ハウス)の中に動物園をという意味合いから「HouZoo」なるブランドを想定し、展示ではカタログに纏めた商品イメージやノベリティーとしての絵はがきなど広宣ツールもイメージした展開とした。 ものづくりには試行錯誤が付きものだが、彼も多くの検証と失敗と繰り返した。 ホールドする為に適切な硬度や自立する為の形状や安定感の担保、シリコン成形で起こる気泡や微妙な色のチューニングなどなど…彼の机の上には失敗作が山積みとなり、量産が始まったのかと錯覚するほど。 一筋縄では思うカタチに辿り付けない経験こそが「ものつくり」の醍醐味だし、社会に出てからの耐力として自分を支えてくれる強い味方になることを願っている。 彼は卒展会場で流したビデオの編集を担当し、自分の作業の合間にクラスのメンバーの撮影なども手掛けてくれた。御苦労様!

園部莉世 おりかびん
園部
今年の卒業制作の特徴のひとつは「素材開発」に取り組んだ学生が出てきたこと。 今回の彼女の提案は、防水加工を施した和紙を使用した花器。 彼女ほど自分が愛する素材が明快で、卒業制作に選ぶ素材にもブレの無かった学生はいない。 そう、彼女は「素材」から入ってきた。 何を作るかよりも、誰が使うかよりも、彼女の関心事は「紙」だった。「コピー用紙ってきれいだよね?!」という友人への問い掛けに、いつも怪訝な顔を返され続けたという彼女。(分かるよ〜コピー用紙の美しさ) シンプルな折り目だけで、日向、日陰、透けの深い陰影を作る紙の魅力に取り憑かれた彼女は、とにかく紙を使うことを先に決めた。 当初なかなかコンセプトが決まらず、本人は知らないが毎回「園部はどうするんだ?!」と教員間で会議。 一方、色々な紙漉の工房を訪ね歩いた彼女は、ついに学内に紙漉場を作り自分で紙を漉き始めた。何か面白いことが始まった…と思っていたらいつの間にか和紙に色々な物を混ぜ始め、色や起伏などとても綺麗なオリジナルの和紙を作り始めた。美しさだけでは無く、混ぜる物によって強度や加工性が変わることに気付いたのか、彼女の関心は和紙に防水性を持たせることに動き始め、柿渋や漆、シリコンや様々なスプレー加工などに広がり、特性データを取り始めた。 彼女が得意とするシンプルな折り目で紙を立体的に曲げたのち漆で固めることで、水を汲んでも大丈夫なほどの耐水性と結構な強度を手に入れた。展示では、彼女の「紙」に対する愛情が存分に発揮され、自分で漉いた紙の見本帳を和綴じ本で見せてくれた。デザインの仕事には研究開発としての側面があり、イメージする商品を実現する為に、素材から探す…無ければ作る、そんなプロセスに踏み込んだ彼女のアプローチは「ものづくり」に携わる私達に拘ることの意味を伝えてくれる。

滝川晋也 朽美倶 cubic
滝川
朽美倶 cubic は、錆やガラスの割れた建築、絡まった配線など、廃墟に見られる「朽ち」た素材感、風合い、色などに触発された作品。素材研究では無いので先の園部の様なアプローチでは無いが、彼もまた「素材」の虜になった学生のひとり。 当初、何を作りたいのか、どういうコンセプトなのか、何を伝えようとしているのか…教員達の頭の中を「????」で一杯にした前科者。誰もが彼は留年するつもりなのか…と思っていた頃、長崎県の軍艦島を訪れた彼は、その目でかつて炭鉱で繁栄した時代から長い年月を経たその朽ちた姿に何か自分の感性に寄り添う「美」を発見した様だ。 儚さや虚しさ、無念な想いや寂しさに加え、彼には素材としての魅力を感じる出会いとなったらしい。 デザインとして「素材の美」を売る視点はある。自然の力で風化したものに長い時間を感じたり、偶発的に出来上がった風合いに2つと無い希少性を感じる気持ちは充分に理解出来る。 問題はそれをどうやってプロダクトデザインに落とし込むか…これは結構高いハードルだったと思う。オブジェとしては面白い風合いと存在感を放ち、一見すると現代アートの様にも見える作品は、問題解決といった通常のストーリーには乗せず、個人が感じた感動や発見をストレートに表現する道を選ぶことになった。錆びたパイプを繋いだ塊は椅子なのだが、座面を支えるポイントを減らし外側に寄せることで、以外にも(失礼)座った時の弾力性を考慮している…そういうところにデザインを学んだ人間の配慮が働いていると思うと面白い。

鶴田夏実 sumirror
鶴田
1人暮らしの女性をターゲットにしたドレッサーの提案。 彼女の作品のポイントは、これを玄関に設置する点にある。家の中と外を繋ぐ玄関は人の気持ちのオン/オフを切り替えるスイッチの様に彼女には見えているのでは無いかと思う。出かける時にパッと身だしなみをチェックし必要な化粧直しをする…腰を据えることなく立ち作業で済ませる化粧は自ずと手早く簡潔な作業をもたらし、時間と場所をセーブする。また外出時に必要な鍵や定期、時計や簡単なアクセサリーなど、携帯が習慣化しているものをひとまとめにしておくことで、散らかりがちな小物を忘れることなく持ち出せるとのこと。帰宅時も sumirror の前を通過する際に小物を外し収納する儀式を経ることで「家モード」に気持ちが切り替わるとすれば、単なる収納付き鏡という道具を超えて人の気持ちに寄り添う相棒となり得るかも知れない。 当初、ハニカム式に繋がった布が鏡の裏から横に広がりながら収納ラックとして機能する構造を延々考えていたが、収納物のサイズのバラツキや持ち物の個人差なども考慮して最終的には自由にアッセンブルできる三角形を基調とした造形に変更した。ビビッときたアイデアに執着することも大事だが、本質を見ながら冷静に自分のアイデアを切り捨てていけることもデザイナーには必要なスキル。シンプルな形状だが、鏡の気持ち良い摺動性を実現する為に多くのトライ&エラーを繰り返した。お陰で動かす時のスムースさや閉まる瞬間の節度感など手に伝わってくるクオリティーも高い作品となった。

寺石有希 万華鏡
寺石
最近は、等身大の「暮らし」を大切にした作品が多いと感じる。実体験として学生自身がイメージし易いという理由もあろうが、昨年の水陸両用レスキュー車や観光地用モビリティー、発展途上国での運搬用具、外国人用観光案内、介護用医療器具などの公共性があるものに比べ、今年はモビリティーは1人で籠もるコンパクトカー、趣味と日常で使うバイクを加え、その他も自宅若しくは個人で使う収納や道具が15人、残りの作品はレジャー用品、素材研究、バー空間という異色組。 そんな中で彼女の作品もまた個人宅での展示型収納装置とでも言うべき家具…ではあるが、鏡面を使用した天板、立体的に構成されたリングが作る影、全体に施されたパールホワイト塗装など、複雑な陰影を演出するステージ感は、スポットライトを当てることでより豪華なイメージとなり、ショップのディスプレーとしても使えそうな華やかさを持つ作品になった。 数種類の大きさのリングで変化を付け、任意の位置にレイアウトし直すことでバリエーションを作る構造となっている。 また、照明の反射が鏡面の天板に施されたカットを壁面に映す演出となっている。 鏡面の天板はリングの直径部に設置されているため、覗き込むと上半分のリングが映り込み下半分と重なるため、一見、天板が透明のパネルの様な錯覚を生む面白い効果が出た。 大いに迷い…なかなか最終形状が決まらず、後半は木工作業に明け暮れたが、幾何学的な形状をトリマーで加工するスキルを最も身に付けた学生かも知れない。 タイトルの様に表情がクルクル変わる面白さを楽しめる…色々な方向から覗き込んで欲しい作品になった。

中澤右  B-packer
中澤
優秀賞おめでとう。
彼の作品に出会って初めて「輪行」という言葉を知った。彼も自転車というブレない趣味を持ち、普段から実体験者として自転車に関する要望や問題点を経験してきたに違いない。時折電車の中で見かけるスポーツ用自転車を畳み袋に入れて運んでいる人を見かけるが、この行為を「輪行」と呼ぶらしい。既存の輪行バッグには安定性とプロテクト性能が高いハードタイプと、手軽さ・軽量・非使用時のコンパクトさが魅力のソフトケースがあり、それぞれに裏返しのデメリットがある。彼の作品は両者のいいとこ取りを目指したアプローチで、非使用時にはコンパクトなパッケージになるハードボードにナイロン製のソフトケースが組み合わされている。使用時には拡張したパッケージがベースプレートになり安定性を担保する。既存の布製バッグは自転車を入れる際、ハードケースの様に自立しないため作業に手間が掛かる点にも注目し、自動車のウインドシールド用の日除けの様に芯材の反力でポップアップする構造を採用した。「いいとこ取り」…中間亜種という切り口は、時に「悪いとこ取り」にもなりかねないリスクがあり、「何でもできる」は結局「何もできない」総花的な未熟さを露呈することもあるが、非使用時にはパッケージに収まった状態でサドルの後ろに固定することで可搬性にも優れたこの作品は、直ぐにでも商品化が可能な完成度を見せた。日頃から自転車を触る為に揃えた工具類は、モデル制作にも大いに役立った様だ。

永田明里 irodori
永田
最優秀賞おめでとう。
彼女の魅力は、いつも絶やすことのない周囲への気配り。隣で他の学生と話している時に捜し物や不便を感じていると、サッと必要な道具や情報を差し出してくれる…ドラえもんの様な存在。作品の紹介ぢゃないのかいっ! 私がデザイナーという仕事に就く資質としてとても大切だと感じるコア・コンピテンシーは「サービス精神」というもの。人が喜んでくれると嬉しい…そんな素朴で根源的な気持ちがデザイナーの…何にも勝るモチベーションでありエネルギー源。 彼女は「サービス精神」の星からやって来た「サービス星人」…ダジャレかいっ! 彼女のキャラクターはさておいて、irodori は、永田の作品の前で21人暮らしをする人達を応援する、テーブル、収納、パーティションの3つの機能を欲張りに、美しく表現した家具。この春から就職に伴い1人暮らしを始める彼女には等身大の「暮らし」に根を下ろした着想で、リアリティーのある作品になった。木工の仕上げも巧みで美しく、可動部の仕組みや構造もキレイに纏めた。当初壁面に据え置き、若しくは後付けで壁に固定する想定だったが、両面から使える発想に切り替えた途端、パーティション機能も付加されることになり、ユーザーの自由度を拡張した。テーブルを置けばダイニング、布団を敷けば寝室になる日本人の習慣や合理性が根底にあり、限られた空間を賢く使う知恵を違和感なく表現している点でとても日本人的な作品と言えるかも知れない。会場で本人不在時に作品を紹介した(筆者の仕事がらみの)某企業の社長は「是非、欲しい…幾らくらいなら譲って貰えるのか…」という1コマも…。展示会場では、ついつい学生達が集まり寛ぐ姿も…。

中塚宗史 Kuro
中塚1
優秀賞おめでとう。
いやー、今までのプロダクトデザインコースの作品の中には無かったカテゴリー。インテリアデザイン? 空間デザイン? 「Kuro」は、2人で差し向かえで食事や飲食を楽しむ1坪のバー空間。 居酒屋の個室では無く、あくまでも「和風バー」というコンセプトを彼は大切にしてきた。 空間のイメージを把握する為にアトリエの後方に1坪の小屋を組み立てたが、不思議と近くに寄ると…入って籠もりたくなる衝動に駆られる。なるほど、基地遊びや押し入れに入って遊んだ子供の頃の気持ちが懐かしいのか、床に座り壁にもたれていると何とも気持ち良く落ち着く。本人は和柄の刺繍の入ったジャケットなどをスマートに着こなす中塚2洒落者で男前…なかなかカッコ良い九州男児で、独特の世界観は作品と通じるものがある。実際に飲食店でアルバイトをしてきた彼が暖めてきた理想の空間を実現したかった様だ。 黒畳を敷き、墨で染めた和紙に囲まれ、天井とテーブルの間接照明でほの暗い空間に微かに感じる赤いレザーに身を置いていると、プロダクトデザインって自由だなぁ〜と感じる。カテゴリーに縛られず、自分が表現したいものを立体的に考えることが大事と教えられた。 写真では暗くて判り辛いが、囲炉裏風のテーブルもしっかりした木工スキルで仕上げられており、レーザーを使った照明パネルも凝った作りで、本人の拘りを感じさせた。搬入から設営まで破格の大変さを誇る作品だったが、とても想い出に残る作品になった。

廣瀬琴子 heres.
廣瀬
「heres.」は「子供の成長と共に成長する家具」というユニークなコンセプトを具現化している。200mm四方の枡形ボックスには仕切りの有無やフタの有無など4種類のバリエーションがあり、音楽室の吸音壁の様なパーフォレーションパネルの任意の位置にレイアウトすることが出来る。 彼女は教職課程も履修しており「教育」という視点に興味がある様だ。 最初から知育に関連するテーマを研究しており、成長していく課程…その長い時間を共有出来るモノとして家具を選んだ。 当初はカラフルなピースで任意の形に天板の形状を組み替えることが出来る机やパーティションを検討していたが、ある時から「そこに入れる物」の意味を深く考える様になった。子供の頃から大切にしてきた宝物や手紙、記念のオブジェや想い出の品など成長の過程で手にしてきた…その人にとっての価値の広がりや時間の流れを、成長していくように繋がる家具のビジュアルとシンクロさせることで、高い所に手が届くようになった外面的な成長と大切に箱にしまわれた内面の成長の過程の両方をメモリアルに見せている。親も子供と一緒に「パーソナルな価値を大切にしまう」行為を手本として示すことで、家族の絆やコミュニケーションを促す装置としても機能させることを彼女は意図している。最終形態に至るまでには紆余曲折があったが、樹の材質や色・風合いにまで想いを乗せ、ナチュラルでとても美しいビジュアルに仕上がった。筆者にも経験がある…学校の帰り道、色んなものを拾って帰っては怒られた子供の頃、こっそり大切なものを隠しておける、こんな家具があったら絶対に欲しかったと思う。

堀田蒼  Dessin
堀田
JIDA最優秀賞おめでとう。
クールだねぇ。「Dessin」は、何と白黒専用のデジタルカメラ。今やスマホを持つことで、カメラも音楽プレーヤーもナビも時刻表もスケジュール表もゲーム機も…全てのものを持ち歩く時代。失敗を気にせず現像にお金も掛からないカメラを殆どの人が持っている。カラーが当たり前で、おまけに様々な加工アプリのついた遊ぶ機能に溢れ、足し算的付加価値全盛の機能合戦が繰り広げられる中、敢えて白黒の表現力に魅力を感じた彼の感性にとても共感出来る。アンゼル・アダムスやセバスチャン・サルガドの写真の鳥肌が立つような光と影の存在感に圧倒されたことがあれば、その魅力は百の言葉よりも脳裏に刻み込まれているはず。 白黒写真には色が無いが、カラーフィルターを駆使するコントラストワークや、焼き込み加減で劇的に印象が変わるそのダイナミクスは経験すればする程、その奥の深さに心が躍る。最新のデジタル技術を前提にしながらもホールド時のフォームから自然にブラインドタッチが可能な操作系やグリップ感、右目でファインダーを覗きながら、左目で色つきの現実が確認出来る様にカットアウェイされたボディーデザインなど、プロダクトデザインらしいプロダクトデザインの提案が生まれたことがとても嬉しい。そして何よりモダンでカッコいいそのフォルムは、2001年に富士フィルムから発売されたポルシェデザインの「FinePix 6800Z」を初めて見た時に…スペックも見ずに感じた所有欲と同質のワクワク感を感じさせてくれた。彼は大学院に進学するが、コツコツ積み上げるようなその取り組み姿勢には好感が持て、巧みなスケッチワークを後輩達にも指導してやって欲しい。

松浦汐里 iki
松浦4松浦3
デザインの仕事をしていて楽しい気持ちになる場面のひとつが、こういう作品に出会った時じゃないかな!「iki」 という作品は、一見ワンプレート型の食器…色んなおかずをお子様ランチの様に乗せる簡易皿の様に見えるかも知れない。でもよく見て!…その凹凸やグラフィックは単に仕切りでエリアを切り分けた形ではないし、色も大人っぽくてオシャレ、何より陶器製で簡易皿のプラスチックの様なチープな質感でもない。勿論、丁寧に扱わないと割れるデリケートなプレート。 炒めたチャーハンをフライパンのまま食べる、ハンガーに掛けるのが面倒なジャケットをソファの背もたれに放る…面倒故に私達が日常生活の中でついついしてしまう「ズボラ」な行為。でも彼女の発想は、こういった「ズボラな行為」が実は合理的であるという視点で捉えたところから、そのユニークさがスタートしている。「ズボラ」を行儀が悪い行為では無く、デザインの力で自然で効率的な所作に変えてしまおうという提案。 誰にも覚えがある気付きから出発しているので、とてもユニークだけど激しく共感できる。従来の仕切りに対し即物的に食材を乗せるのではなく、不思議な形の凹凸やレリーフは料理の見た目を美しく演出するし、陶器の適度な重みと質感は食事の行為に神聖な気持ちで向き合うことを促してくれる。(講評の中にはプラスチックの方が軽量で取り扱いも楽なのでは…というコメントもあったが、筆者は上記の点で陶器にして正解だったと思う)そして大切なのは、結果として一度におかずを運ぶことができ、洗い物も減ること。リバーシブルに使える形状は、食材や気分に合わせてバリエーションも提供してくれる。当初、ハレの日にしか日の目を見ない「お重」の合理性をもっと日常で使えないかというアプローチで取り組み、日本の古くからある文化を再定義する点で面白いテーマだと感じていたが、よりシンプルにまとまり、人の仕草や所作を変え、マナーや行儀の意味を再認識させてくれた「iki」は、とても魅力的な作品だった。

三好悠介 UX-50
三好
「UX-50」は、日常使いの原付バイクをオフロードテイストに仕上げた作品…そう書くと表層的なスタイリングのバリエーションの様に聞こえるかも知れないが、実は意外にこのジャンルには市販モデルが無い。作者自身がオフロードバイクをこよなく愛すライダーの1人で、自分の得意分野で勝負した力作だ。「未開地の島に靴を売る」…誰も靴を履いていないから売れると思うか、靴を履くという文化が無いから売れないと思うか…デザイナーはいつも新しい視点を見つけた時に、これが市場になるのかどうかという判断を迫られる。確かに原付バイクの市場はスクータータイプが主流で、HONDAのモンキーに代表される趣味性の強いものやスーパーカブの様な実用性〜ファッション性に振れたものが印象に残っている。 確かに、SUZUKI DR-Z50、YAMAHA PW50、HONDA CRF50F など、モトクロス風やトレールバイク的なオフロードテイストのモデルも存在するが、あくまでもスポーツイメージモデルで、日常使いとしてのスクーターが備える収納は備えてはいない。 両方を備えることは本物のオフロード感を阻害し、スクーターの乗り心地をスポイルしてしまう「なんちゃって感」商品になるリスクもあるが、ここは「好きなオフ・テイストを楽しみたいが日常では実用性が無いと不便だ」というニッチを信じて攻めてみよう。 スタイリングは従来のオフロードイメージとは一線を画し、大径タイヤも燃タンの下に剥き出しのエンジンレイアウトも無い。フレームに囲まれたユーティリティーボックスをニーグリップするセンターにレイアウトし、小径タイヤにエンジンとオートマチックトランスミッションを後輪前部に配置するスクーターのレイアウト。 イメージだけで比較すると、むしろ電動バイク:YAMAHA EC-02 でのスタイルチャレンジに近い。彼は新しいカテゴリーキラーとして HONDA の GROM も意識した様だが向こうは125cc。 初めて描いたというフルサイズのテーピングもセンス良くまとめ、モデルもテーピングに近い造形になったと思う。何より実車を改造し、フレームの溶接からFRPでのカウル制作まで、初めてのことだらけの工程を悪戦苦闘しながらモノにした、その頑張りを高く評価したい。

武藤ほなみ shiawase na Hibi
武藤
優秀賞・JIDA優秀賞おめでとう。
「ギフト」というキーワードからスタートした彼女の作品「shiawase na Hibe」は、新しく1人暮らしをスタートする人にプレゼントするカタログギフトの提案。 1人暮らしを始める人達…進学が決まって下宿生活を始めるひとや就職が決まって地元を離れる人、転勤が決まって新天地に赴任する人…「色々な別れと出会いがセットになった人生のイベントに然るべき贈り物をあげたい」…そんな新しいギフトの習慣を作りビジネスに繋げていけないかという「ことづくり」の視点は、デザインを学ぶ学生達に身に付けて欲しいポイント。 貰って嬉しい人気のギフトとは何か?、距離が離れた友人にどういう流れで渡せばよいか?、現状のギフトの問題点は何か?…彼女が行ったリサーチは今時の手法で、Twitterの投票機能だったそうだ。 様々な設問を投げ任意の回答を集計するが、数百のn数からのフィードバックが得られたそうだ。 今回の作品ではカタログギフトに焦点を当てているが、転居時に貰うと嬉しい/助かる品目を絞り色柄のバリエーションを広げたアイテムを揃え、贈り手側のメッセージを添えることが可能な点と、受け手側の手元に残ったカタログやパッケージを捨てること無く、万年カレンダーや商品を使いやすくする為のパーツに加工することで記念として永く使ってもらえる演出を付加価値として追加している。 時代の手段を活用したリサーチ手法、女性らしい繊細で美しいビジュアル表現とカタログギフトの仕組みにまで踏み込んだ企画、プロダクトとして立体物に組み立てる構造や素材の吟味…各場面で色々な知識や考察が実行されたプロセスが魅力的で、彼女の新しい門出に相応しい作品になった。

山田雄都 ASTERiE

山田
「シーウォーク」…恥ずかしながら、こういうレジャーがあること自体知らなかった。 日本では沖縄と静岡の2カ所でしか体験出来ないそうで、潜水用のヘルメットを装着し浅い海の底を散歩するらしい。 彼がどこからこのテーマに辿り着いたのかは遂に聞き逃したが、彼自身も沖縄で体験しその課題点を掘り下げてきた。確かに卒展会場でも掲示された現在のシーウォーク用ヘルメットの「ダサさ」は目眩がするほどで、スタイリングの改善だけでもそこそこの提案が出来そうなテーマ。 彼が問題点としてピックアップしたのは、せっかく友人同士で潜っても会話も出来ない状況に陥ること、美しい魚や海中の景色を写真に収めたくても操作が著しく困難なこと、水圧による水抜きをする際にヘルメット内に水が入ること…など。 確かに…インスタ流行りの今の時代、写真に撮れない経験と言うだけで価値が半減しそうだ。そんな課題を解決する為に、個体間の通信システム(マイクとスピーカーで会話が出来る仕組み)と、前面の透明シールドに映し出されるインターフェースを見ながらグローブに仕込まれたスイッチで簡単に写真を撮ることができる機能、撮影した画像を保存する為のハードウエアを後頭部に背負うことで身体への負担を軽減するレイアウト、顎下に手を入れる穴を設けヘルメットを浮かせることなく水抜きが出来る仕組み…など、新しい機能をインパクトのあるスタイリングにまとめ上げた。 彼はスケッチが得意な学生で普段からSF的な人物や道具を描くことに長けており、今回もアイデアスケッチはもちろんプレゼン用のレンダリングまで、大いにそのスキルを魅せてくれた。 複雑な形状のヘルメットには3Dプリンターが活躍し、検証しながらスタイリングの精度を上げていった。

山口祥吾 浄水発生土の用途開発研究
山口
桃美会賞・JIDAセントラル画材賞おめでとう。
彼はどちらかというと研究家タイプ。 普段は寡黙だが、ひょっこり研究室に来ては「良いデザインとは何か?」「プロダクトデザインの未来はどうあるべきか?」といった問答をして帰る…といったキャラクターで、哲学的に自分の行為の意味を見出そうとしている様にさえ感じる。 今回の作品は、産業廃棄物である浄水発生土(脱水ケーキというらしい)の性質を活かしてプロダクトへの展開を図りたいという社会性のあるテーマ。 市の浄水場から廃棄される脱水ケーキを貰ってきては、色々な物と混ぜては焼成し、コツコツとその特性データを積み重ねた。 結果、成形性、保水性、耐久性、経済性をバランス良く実現する混合物と混合比を見極め、その特質を活かす商品アイデアへと進めた。 公共と個人、屋外と屋内の2つの座標軸を持つマップの中から1つずつ用途を考察し、水やり頻度が少なくて済む花瓶、長時間使用ができるアロマデフューザー、湿度をコントロールする外構壁、水はけに優れた舗装タイルの4つを提案することとなったが、それぞれにシンプルながら意味のある形状をベースに見応えのある展示になった。 材料研究時は陶芸室に籠もり、最終的な形状を複製する泥漿鋳込みの母型作りには3Dプリンターを使用し、鋳込みが始まると再び陶芸室に籠もり、空いた時間にはパネルやスケッチ(CG作成)に費やす…多くの試行錯誤を繰り返したが、初期からブレないテーマで取り組むことができ、卒展では多くの人が足を止め「プロダクトデザインというのは、こういうこともするのですか?」という質問も頂いた。 一般的に、デザインは色とカタチのコト…商品としての形を考える仕事と思われがちだが、そこに行き着くまでの着眼点や解決アイデア、様々な製造要件や設計要件、コスト、法規、時には理想に近付くための素材開発にまで手を染める仕事であることを垣間見せてくれる作品になった。

如何だったでしょうか?
各学生が様々な視点から「ものづくり」「ことづくり」を目指し、大学生活で学んだことの総括として取り組んだ1年間。

彼らには、社会に出てからの長い時間のどこかで、みんなで藻掻きながらも達成した大きな成果を思い出して欲しい。 順調な時はいい…苦しいと感じた時に、一番純粋な気持ちでデザインについて考え続けた聖地に立ち戻って欲しい…きっと、学生時代から成長した自分に気付くことが出来るから。 あの時は頑張れた…その気持ちが未来の自分を支えてくれるに違いないから。

PD 金澤