2019卒業制作展/修了展振り返り

今年も無事に卒業制作展/修了制作展が幕を下ろしました。
今年は8名の学部生と1名の大学院生が、1年間をかけて各自のテーマに沿って研究を進めてきました。
4年前にこの学年が入学してきた時(当時は11名)、実技試験で入ってきたのは3名だけ…8名はセンター試験による学科、若しくはAOによる進学でした。実技以外で受験する学生が極端に多くなったこの学年では、表現力を求められる課題を如何に進めるかについて悩んだことが懐かしく思い出されます。そんな学生達の最後の課題を見ると一層こみ上げてくるものを感じます。
会場にて御覧頂くことが出来なかった皆さんにも是非学生の頑張りを感じて頂くと共に、頑張った学生達への餞(はなむけ)と、私自身の振り返りとして、まとめておきたいと思います。もしお時間が許せば最後までお付き合い下さい。

 

木俣舞佳:贈り手の想いを伝えるギフトパッケージ

前期は3年生との合同授業を実施している。当初より「ギフト」をキーワードに3年生と一緒に展開したリサーチのステージに於いて、彼女がまとめた資料はとても興味深かった。様々な身近な人に「プレゼント」を選ぶ時に、どんな意識や気持ちで「モノ選び」を行っているのか? 複数の欲しいモノを事前に調査し、実際に店頭で見て選ぶ時の注視点は何か? 或いは、衝動的に欲しくなったモノにはどんな魅力があるのか? 自分の為の買い物とプレゼントの為の買い物を選ぶ時のパッケージの持つ意味の違いは何か?…など多岐に渡り、ギフトを選ぶ時のマインドや価値、価格とのバランスや想定するストーリーの分析を試みた。「パケ買いの心理分析」の中で、未知の中身に対する期待感や運試し感、イメージ通りだった時の満足感や達成感といった感情の動きについて考察しており、パッケージという価値について興味が深まった様だ。性別による購入動機の違いの中では、コミュニケーションを積極的に図り、共感/共有を得ることが大きなモチベーションになる女性にとって、「映えるか」を支配するビジュアル表現が如何に重要であるかのくだりには説得力があった。これらを踏まえ、人にモノを贈るという行為の中で、通常は商品の保護や見栄え、情報の伝達といったパッケージ本来の役割・機能に加え、贈り手の想いを伝える手段としてのパッケージに発展し今回の提案となった。従来、保護や説明書きといった機能的な役割を終えたパッケージが、そのままゴミ箱に直行せず別の機能に生まれ変わる…という発想自体は新しいものでは無く、市場や過去の学生の作品にもみることができる。彼女の今回のアプローチに少し「ひねり」が存在する訳は、ギフトを贈る側もどんなパッケージが候補に挙げられるのかが分からない点だ。中身の食材はもちろん贈り手が選ぶが、次のステップでは、贈る相手のキャラクターや贈り手との関係性、どんな世界観を望むのかなど、幾つかのパッケージ候補を得る為の質問に回答することになる。最終的に幾つかの候補の中から、中身との組み合わせを選ぶのは贈り手だが、どんな選択肢を得ることができるのかには、EC(Eコマース)の特性を発展させたAIなどが相手への最適化をサポートすることになる。贈り手/貰い手が双方共に発見や驚きの体験を共有することで、共感やコミュニケーションのきっかけ作りを意図している。贈りっ放しではなく、その後の「どうだった?」「思った通りだった」「意外だった」といった直接のコミュニケーションがそのイベントをより印象的なものに変える「ギフトの一部」になることが大切な様だ。


展示作品では、その一例として「中身が減っていくことが楽しみな万華鏡型ボックス」や「90度しかないお菓子の展示台が鏡のお陰で360度の豪華な見栄えに変わるティースタンド」「ゼリーの中を泳ぐ金魚が鏡面で増える金魚すくい型ゼリー」などユーモアが溢れるアイデアと和洋それぞれのイメージをお洒落に表現したものが並べられた。
まとめの中で「敢えて時間や手間を掛けることが豊かな時間」というキーワードが登場する。ボタン1つの操作であらゆるモノをコントロールすることが出来る時代に対するアンチテーゼ的な一文だが、「義理や習慣化しているギフトに人が関わる仕組み」の提案と捉えると発展性が見えそうだ。「不便益」とは少し異なるが「アナログ」や「マニュアル」な人間の介在を暗示する学生は多く、便利な一方で「モノ」と「人」との関係性について何か「もの足りなさ」を感じている時代なのだと感じる。

 

久保ちひろ:気持ちをスイッチする新しい入浴スタイルの提案

コース内 優秀賞おめでとう。
冒頭、学科入試での進学者が多いことに触れたが、彼女もそのひとりだ。彼女について印象に残っているのは、1年生の早い時期から授業後にひとりでアトリエに残り、課題作業を黙々と進めている姿をしばしば目にしたことだ。 デッサン力が未知数な学生が多いこの学年での授業の進め方について危惧していたが、彼女がひとりでコツコツと作業を進める姿は私にとって大きな救いであり励みだった。(実家が遠方で下宿生だったため、単にひとりのアパートに帰るよりも良かっただけなのかも知れないが…^^;)

閑話休題…
「最近のひとり暮らしの若い世代では、湯船に浸かることなくシャワーで入浴を済ませる人が増えている…」そんなリサーチ結果が彼女のプロジェクトのスタートとなった。本人も大学生活をひとり暮らしでスタートさせ、湯船に浸かる入浴が殆ど無くなったと実感している。湯船にお湯を溜める時間や準備の面倒さ、ひとり暮らし世代に主流のユニットバスでは追い炊きや保温機能が乏しい為ゆっくり出来ない、或いは経済的な理由などがその根拠で、確かに日本人が好む理想の入浴スタイルとは随分違うと感じる人もいるだろう。日本には入浴に対して昔から西欧とは異なる文化があり、拘りを持っている人もいる様で、お風呂にお金を掛ける人の気持ちを理解できる人も多いと感じる。ユニットバスにはお約束の様に、湯船がビルトインされているのが一般的だが、入浴をシャワーで済ませてしまうスタイルがより一般的になるのなら、浴室は本来の機能を果たすことの無い無用な空間に成り下がる。身体を清潔に保つ機能に特化すれば、合理的・効率的・経済的にもそれで充分なのかも知れない。彼女もまた、当初この合理的視点に立ち「時短」としてシャワー中心の入浴スタイルを捉えていた。何かと忙しい毎日の中で入浴に費やす時間と経費を省略出来る仕組みとしての浴室を再定義しようと試みた。1970年の大阪万博で紹介された「ウルトラソニックバス」や消火器メーカーが提案する「ファインバブルシャワー」など、楽チンに/簡単に入浴効果を得ることができる「洗う仕掛け」を考えることで「健康」「リラックス」「時短」を追求した時期を経て、前期が終わる最後に、リラックス/リフレッシュ/気持ちのスイッチを目的とした「体験価値」に移行した。きっかけとなった彼女とのレビューの中で面白いと感じたのは「従来、お風呂は湯船に浸り『ボーッ』とする時間だった。寛ぎながら1日の疲れを癒やし、明日への気力を充電する場所だったが、湯船に浸からない入浴スタイルのせいで私達は『ボーッ』とする時間を失ってしまった。寛げない、疲れも癒えない、明日への気力も湧かない悪循環に入るきっかけが「風呂」にあるのでは無いか?」という視点だ。最近は「ボーッと生きてんじゃねーよ」と5歳の女の子に叱られる時代だが、作者は「ボーッとする時間をちゃんと持たなければいけない」というメッセージを持った。「リラックス/リフレッシュ/気持ちのスイッチ」は日本人が好みそうな本来の入浴の意味とシンクロするが、従来のバスメーカーが提案する様々な…至れり尽くせりの浴室と、どう差異化を図るかが次の課題となった。当初、間を通り抜けることでシャワーを済ませることが出来る通路型ブースを玄関と部屋の間に置くレイアウトを考えていた様だが、さすがにリアリティを出すにはハードルが高かった。最終案では、従来のユニットバスの占める床面積を超えること無く円柱形の浴室にすることで、「角」の無い広さ感の演出と合わせ、未来の…或いは宇宙船の中の様な非日常的な空間に辿り着いた。湯船が無い為、たっぷりとした広さを感じながら、様々なマッサージ効果を生む8つのシャワーヘッドを備えた「シャワーゾーン」と、ゆっくり腰を掛け、お気に入りの音や照明、香りなどで五感を満たしながら寛ぐ「リラックスゾーン」を設けた。

モデルの制作には、スケールモデルとは言え、どんな空間なのかを伝えることが出来るサイズと装備が必要だ。リングに吊した糸状のカーテンで実寸サイズを暗示させ、ビジュアル類は青と黄色を基調、全体の世界観には明るく柔らかい色合いを中心に優しい彼女なりの世界観があった様だ。内側壁面の処理については、素材や質感の変化などを設けたかった様で、確かにやや質素なまとまりになった点は否定しない。もう一色…素材、質感、ディテールなどにアクセントとなる機能や要素が欲しかった。
「入浴」という時間や場所を今の時代に合わせ、新たな体験価値に変えたいという視点に共感でき興味深い考察になったと感じる。展示を御覧頂いた知人から「シャワー中心の欧米や、女性専用のお洒落なカプセルホテルなどにも市場があるのではないか?」とのコメントを頂いた。

 

例年、卒展会場では制作風景をまとめた動画の上映をしているが、今回の動画は撮影と編集の殆どを彼女が担当してくれた。そんなものを作って上映したり論文を課しているコースなど他に無いので、学生にしてみれば迷惑なタスクかも知れないが、自分の作業と並行して文句ひとつ言わずに最後まで頑張ってくれた姿は、やはりひとりでアトリエに残り課題に取り組んでいた当時の姿と重なって見えた。

 

中島知哉:アクティブセーフティー機能を装備したバイク用プロテクター

教員展選抜、おめでとう!
「作者本人はバイクには乗っていない」という点が今までの展開とは少し趣を異にする。卒制に取り組むテーマは、勿論、学生達自身が興味関心の深い分野から選び発展させていくことが常であるが、近隣の各美術系大学の最近の卒制を眺めてみると、その中でも「公共や社会的な問題」よりも自分のパーソナリティーの延長線上にある等身大のテーマを選ぶ学生が多いと感じる。つまり自分が好きな趣味の世界であり、癒やされたい自分を満たすものであり、身近な生活の一部を切り取るところから導き出されるモノが多いのではないかと思う。だからこそ、その問題を自分の問題としてリアルに捉え、或いは趣味の世界で培った知識や情報ネットワークを駆使することで、より深みにはまっていける。 そんな中で、彼は、勿論バイクが嫌いな訳ではなく、逆に学生時代に「危険だから」という親の反対を受け、自由にバイクに乗ることが出来なかった事実が原体験になっている。「安全性」を担保することが難しい乗り物故に同じ理由でバイクを否定される後輩達へのエールが原動力なのかも知れない。


最終的にはかなり劇画調の激しいビジュアルになり、当初の「事故時のダメージが大きい50ccバイクのライダーでも気軽に装着できる路線」からは離れ、存在感のあるアウトプットとなったが、元々モンスターなどのフィギュア作りなどにも造詣が深く、スカルプター作業が得意な一面が、その片鱗を覗かせた様だ。

アルファゲルや人工蜘蛛の糸などのエネルギー吸収剤や強度の高い新素材などにもリサーチを拡げ、強度、しなやかさ、通気性などプロテクターウエアに必要な要件を彼なりに模索した。守るべき筋肉の構成をベースにした解剖学的な視点も取り入れた様だが、柔軟さと両立する為に、ややカタチが説明的なレイアウトになった感は否めない。インナーとして着用するには構わないが、アウターとしては好き嫌いが分かれる意匠かも知れない。
彼のアイデアの中で是非、実現させて欲しい装備は、バイクとBluetooth で連動して作動する制動灯、方向指示器だ。自動車では、Bluetooth でスマートフォンが連動し電話や音源、ナビ情報などを一元化するシステムは存在するが、バイクはこの点では遅れている。また自動車にはハイマウントストップランプと呼ばれる、後続車に向けて高い位置にセットする灯火器が法規で定められているが、バイクはこの点でも後続車へのアピールが難しいモビリティだ。二輪の灯火器法規の解釈は必要だが、ライダーの背中の位置で後続車にライダーの意図を伝えるアイデアは有効だと思う。
マネキンは回転させることが出来る様だったが、展示では、この背中部分のアピールを積極的に見せても良かった。
周囲の展示方法にも彼なりの拘りがあった様で、フレームの一部にアクセントカラーとなった黄色いロープを張り、フレームから展示パネルを吊すアイデアを提示してくれた。本人の意図とは異なるかも知れないが、枠にもっと沢山のロープを張り、ロープによってパネルが宙に浮いている様な演出も、ネスト(蜘蛛の巣…人工蜘蛛の糸からの連想)を緩衝材として「モノ(パネル)」が安全に受け止められているイメージが表現出来て良かったかも知れない。(蜘蛛の巣なら、その後捕獲されて食べられてしまうが…)
アパレルでは無いが、衣服に関連するテーマは近年無かったので、モデルのプロセスや仕上げのクオリティなどに不安材料を抱えたが、新鮮で勉強になった。

 

長峰隆磨:ディフェンダーに特化したサッカーシューズの提案

JIDA 最優秀賞おめでとう。
4年生になる前から、サッカーのスパイクに取り組みたいと考えていたという彼は、自身もプレイヤーであり強豪チームの中でかなり鍛えられていた様だ。実際にサッカーの話を始めると豊富な知識を持っており、スパイクについても様々なメーカーを履いてきた経験から自分なりの思想とアイデアを温めてきたと感じる。スパイクに限らず「靴」が好きな様で、普段から…ソールがメッキの樹脂部品で出来たロボットの仮装に使えそうな靴や、シームレスですっぽり足を包む様な不思議な質感の靴など、靴に対する拘りと関心の高さを見せてくれた。


彼のテーマを始めて聞いた時、スパイクメーカーが…それこそ朝から晩まで科学的に専門的な研究を進め、あらゆるモノが揃っている様な分野で、どう新しいものを見せていけるのかと不安を感じた。しかしながら、現役時代ディフェンダーだった彼と話していると、時代によって戦略やゲーム展開、プレイ技術やそれをサポートする用具も目まぐるしく変化し、トライ&エラーが繰り返されている実体を知るほどに、非常に面白いテーマだと感じることが出来る様になった。印象に残っているのは、ディフェンダーの移動距離が長い(攻撃に参加する)試合ほど勝率が高いデータを背景にディフェンダーの役割を再定義していくことが新しいスパイクのカタチになると彼が言い出したことだ。トップアスリートの様に自分の足型を取る様なカスタムオーダーが出来ないアマチュアプレイヤーにターゲットを絞り、グランドコンディションの違いや片減りなどの部分摩耗に経済的に対応する仕組みとして、スタッドパーツを前後に分け部分毎に交換出来るアイデアや、イレギュラーなアタックを低減する為にシューレース無しで足へのフィットを実現するインナーとアウター素材、派手さだけでは無く各部の凹凸にボールをコントロールする上での意味をきちんと与えたアウター形状、2重構造を効果的に見せる透明素材を用いた遊び心、ディフェンダーの新しいプレイスタイルを支えるクイックターンや直進時のグリップに効果的なスタッド形状とそのレイアウトなど、細部にまで彼の想いがぎっしり詰まっている。スパイクというサイズの中に様々な意味のあるカタチ、機能を備えた素材、部位により異なるディテールなどの要素が詰め込まれたモデルを実現する上で興味深かったのは、モデル素材の調達と加工方法だった。ファイルと呼ばれる靴型を調達し、スパイクとして必要なフィット感に見合う形状への加工、継ぎ目無く曲率が大きく、沢山のパーツが隣り合う複雑な曲面の再現、ボールコントロールを支配する凹凸を布地にエンボス加工するアイデア、3Dプリンターを駆使しながら実現したユニークなスタッド形状など、どれをとっても彼の試行錯誤や苦労が思い出される。ビジュアルとして拘ったインナーファブリック開発には、自動車メーカーにシート生地を提供しているセーレン株式会社の名古屋営業所に相談した。海のものとも山のものとも分からない学生相手に、デザイン部の北川部長と上玉利主管には親身に相談に乗って頂き、適切なアドバイスやイメージに沿った試作品の提供を頂いた。光沢感やレイヤー感のあるブルーの色合いなど本人のイメージピッタリにチューニングして頂いた生地は、今回の白基調のスパイクに素敵なコントラストを与えてくれた。(セーレン株式会社には、この場を借りて、改めて御礼申し上げます)
鋼鉄の靴を履く神話から命名したという「VIDAR」というブランド名など、ストーリーも良く出来ており、また壁面一杯にイメージ画像や開発途上のアイデアスケッチなどを散りばめた展示もユニークで、JIDA への最終プレゼンでは熱い想いを伝えてくれた。学内の最終審査では展示物が揃わず、公正を期す為、学内の賞選考からは外したが、作品に掛けた熱意をJIDAが汲んでくれたことが何より嬉しかった。

 

中山太平:スバル360をモチーフとしたEVスポーツカーの提案

彼は入学前のオープンキャンパスの時から、クルマ好きであることが伝わってくるキャラクターだった。街中を走る殆どのクルマの名前が分かる特技があり、日本車だけでは無く、古今東西のクルマを見るのが好きな様だ。これは自動車メーカーに勤めている(いた)人間にはとても良く分かる。小さい頃、母親に連れて行ってもらった散歩の道中では、線路沿いや国道沿いが一番のお気に入りの場所で、走る列車に手を振り(当時は、貨物列車の運転手さんの中には手を振り返してくれる人もいた平和な時代だった)、往来するクルマのペットネームを次々に呪文の様に呟いた経験を私も持っている。「この子はクルマの名前を何でもパッと当てるのよ〜」という母親の井戸端会議での会話を耳にしては「もっと頑張ろう!」と決意を新たにする毎日だった。やがて、名前を判断する為に覚えたクルマのスタイリングに興味を持ち始め、これを作っている人がいることを知り「デザインってすごいかも…」とオリジナルのクルマの絵をタンスに描いて怒られるのだ…  私か。

余計な前置きが長くなったが、彼の作品は、日本のモビリティ黎明期を飾った国民車のはしりと言える名車:スバル360をモチーフに、AWDのコンパクトスポーツカーに生まれ変わらせるプロジェクトだ。最近の若い世代を対象に「クルマ離れ」なる言葉が一般化し、デザイナーを目指すプロダクトデザイン分野の学生でさえ、カーデザイナーを目指す人は減った。彼も自動車部品を設計するエンジニアの道を選んだが、昨今のクルマのデザインには一家言ある様だ。つまり、最近の…つり目の強面で特徴付けの為のキャラクターに走るデザインに食傷気味で、成形技術に制約がありながらも個性があり表情豊かな昔のデザインに新たなブランド価値を持たせたい…というもので、クルマ好きの人間には多かれ少なかれ共感できるテーマではないかと感じる。FIAT 500やBMW MINI、生産は中止されたがニュービートルなどの成功例もある。「テントウ虫」の相性で広く知れ渡ったスバル360は、丸みを帯びたキュートな佇まいとパッチリした丸目が愛くるしい存在感を今尚放っている。作品では、インホイルモーターによるEVをパワートレインとし、コンパクトな2名乗りのパッケージを全長2900に収めるレイアウトとした。往年の丸いキャラクターを引用しながら最近のクルマのデザインに一石を投じたいということだろう。最終の展示では披露されなかったが、リサーチの段階でコンパクトカーとスポーツカーをマッピングして、時代の流れを俯瞰するチャートを作成したが、改めて振り返ってみると、クルマのデザインの傾向の変化を見ることができ、またその先を予見する手掛かりとしても興味深かった。過去のデザインを今に甦らせるテーマや狙いについては、(新しくは無いが)理解できるもので、上手く行けば幅広い世代から共感を得ることができるアウトプットが期待出来る取り組みだ。クルマのデザインで大切なパッケージングとディメンション、スタイルの核となる造詣テーマや世界観などの中で(色々な考え方があるが)骨格が持つカタチの強さやバランス、全体を貫く造形言語が明快なクルマには、やはり強いメッセージを感じることが出来るが、始めて作るスケールモデルには苦労した様だ。クレイでは無く、硬質ウレタンフォームは、加工はし易いが修正が困難で、削り過ぎることへの不安か、なかなか思い切ってザクザク削りながら図面に近づけることが難しかった。最初に大きな塊やカタチを掴むことが重要だが、シンプルな造形ほど基本的なバランスや素の美しさに最新の注意が必要な難しさがある。心地良いクルマのスタンスを実現する難しさを感じた1年だったのでは無いかと思う。スケッチやモデル、図面のクオリティーには、まだまだ進化の余地はあるが、最後までブレることなく同じテーマに取り組めた点は良かった。

 

長谷川由真:防災設備になる遊具と平常時からの防災意識を高める取り組みの提案

コース内 論文賞おめでとう。
彼女は、当初、同じ防災/減災のテーマの中でも、ハンディキャップを持つ人へのサポートをテーマに取り組み始めたが、教育実習で訪れた小学校の現場を体験して以降、日中、離ればなれになる親と子供の安否確認手法…といった方向にシフトした。携帯する通信器機の様なプロダクトに集結するかと思いきや、中村区役所(防災避難公園となっている中村区の米野公園を管理する部門)の職員とのインタビューを経て、防災設備の平常時での使用を推進することで、防災用具の使い方を知り、日常的な防災意識の醸成を促す仕組みへの取り組みにシフトしていった。

 

 

プロダクトデザインを学ぶ現場で近年特に感じるのは、扱うフィールドの広がりで、従来的な物品としての商品に完結するに留まらず、ビジネスモデルやブランディングなど幅広い領域にはみ出していきながら総合的にデザインをプランニングしようとする学生が増えてきたことだ。昨年度の「旬野菜ラボ」や一昨年の「ゆるふわタウン」の様に解決方法にはアナログ/デジタルを問わず、生活者の体験価値を促すアイデアがプロダクトを学ぶ研究から生まれてくることはとても良いことだと思う。
彼女のコアになるアイデアは、防災商品を日常的に使用することで、いざと言う事態でのトラブルや困惑を解消し、日頃からの防災意識を高めようというものだ。熊本地震では、避難する公園などに多くの防災/減災設備があったにも関わらず、誰にも使い方が分からず役に立たなかったという事例も踏まえ、何処か自分事では無いと信じがちな「正常性バイアス」によるリスクの増大は注目すべき課題のひとつだ。むしろ如何に「自分事として『災害』と『生活』を結び付けることが出来るか」の意識改革こそが早急に解決すべき問題とさえ感じる。
彼女の手法は、実在する石作公園を事例として「犬山防災マルシェ」という、日常でのイベントを企画する仕組み作りだ。 彼女は、自助/共助/公助の段階に於いて、初期の自助…自力で何とかできるフェーズはともかく、日頃からの地域間での交流や結びつきが希薄な現代にこそ「共助」の為の下地作りとしての地域興しが有効であると位置付けている。「マルシェ」という言葉は高齢者には馴染みが少ないかも知れないが、朝市や蚤の市、フリーマーケットやガレージセールといった簡易な市場としてのイメージが一般的だ。 非常時での避難場所に指定されている公園で地域ぐるみでイベントを開催することで、公園までのトラフィックや地域で暮らす隣近所の人々とのネットワーク作りを推進することが狙いだ。以前は、春には花見、夏には盆踊りや夏祭りが盛んだった記憶もあるが、「うるさいから除夜の鐘をつくな」という悲しいクレームが入る時代には、盆踊りなど夢のイベントになっていくのかも知れない。
地域との結びつきが弱くなっている現代にこそ、失った代償を冷静に見直すべき…と彼女は伝えている。デザインの力でそれが実現できるなら素晴らしいことだ。最終的なアウトプットでは、汎用性が求められる課題ではあるが、実在する公園をモチーフにしたからこそのユニークさが、もっと特徴的に表出すると更に良かった。非常時にはシェルターや簡易テントに早変わりする遊具や、かまどになるベンチ(同類のものは既に実在するが)などのプロダクトと、「犬山防災マルシェ」という仕組みの提示とその企画をプロモートする為のグラフィックやノベリティなど多岐に渡り、個々には興味深いアイデアが沢山あるのに、全体として…それぞれの深掘りや特徴付けなどが、やや薄まった感も残念だった。「犬山防災マルシェ」を地方行政とどう結び付けながら実現するかや問題点の抽出、プロモートの為の周知方法やノベリティーの配布方法、具体的なマルシェの企画など、もう一歩リアリティーに踏み込んでみるとブレイクスルーできた気がする。しかしながら、彼女は最初のステージから論文の量が抜きん出ており、2転3転しながらも素早く軌道修正し、計画的に自身のプランをコントロールした進め方は素晴らしかった。

 

彦坂知希:洗面台と洗濯機を一体化したシステムランドリーの提案

桃美会賞、JIDA 優秀賞、おめでとう。
彼は2年生の時にデザインパテントコンテストで入賞した「ハンガー」を着想のきっかけとし発展させるかの様な構想で、「洗濯」やその周辺にある用品や仕組みについてアイデアを広げようと試みた。つまり、「脱衣」→「溜める」→「洗う」→「干す」→「取り入れる」→「畳む」→「仕舞う」→「着る」の一連のルーティンの何処か、或いは複数のフェーズに効率化や合理化を図り、新しい「家庭内クリーニング」のプロセスを提案しようとしていたと思う。その一環に件の「ハンガー」がしっかり位置付けられる様なイメージを持っていた。彼は自宅通学のため自分で洗濯をする生活環境では無かった様だが、「畳んで仕舞うプロセスを省けないか」や「干して取り込む工程を簡略化できないか」といったプロセスを含めリサーチを進めた。そんな中で「脱衣→ストック→洗濯機の流れが、浴室と繋がる脱衣場となる洗面空間に集中していることから、テーマは「洗濯機とその周辺空間の効率化」に落ち着いた。


コアになるアイデアは、洗面台とドラム式洗濯機を融合するというユニークなもので、体調や年齢、性別などで異なる体型差をカバーすることを目的に全体が上下に可動する仕組みを内蔵している。
シンクと食器洗い機やオーブンやグリルが一体化されるシステムキッチンの様にユニット化していく流れの中に、システムランドリーの様な位置付けのものがあっても不思議ではないと感じさせてくれる。適した洗面台の高さと、出し入れしやすい洗濯機の開口高さは当然異なり「都度、動かすのか?」という疑問も頭をよぎるが、時間帯やユーザーが手にしているモノなどを画像認識で情報化し、AIが生活パターンや習慣などを鑑みながら適切な位置に自動で移動することを想定している。また、水栓とハンドドライヤーが一体化されたものもダイソンが商品化しているが、これを更にコンパクトにした想定で、シンプルな水栓を設け、タオル掛けなどのディテールの省略を試みている。
前後するが、省スペースによる動線の効率化の視点からひとり暮らしの若い世代が暮らすワンルームのアパートなどをターゲットユーザーの中心に据えイメージを広げた。紆余曲折のスタイリングの後に彼が辿り着いたのは、2つの円柱形が直交し相貫するインパクトのある形体だ。ややもするとイージーな印象にもなりかねない強烈な存在感を与えてくれるフォルムの上に、ハイキーな白黒のコントラストについては、内心「これでいいのか?」と感じていたが、モデルが出来上がるプロセスを見る内に洗脳され…慣れてきたのか、異質な佇まいを脳裏に焼き付けるにはこれくらいの振り切り具合も良いと感じる様になった。見ようによってはモダンでクールな家電にも感じるのは色の効果も大きいに違いない。最終形状については本人の考えを尊重したが、彼が制作途中に描いていたアイデアスケッチの中に、正面視で白い円柱の下端が洗濯機の扉の黒い円柱のシルエットに合わせラウンドしたものがあった。
据え置き型も想定し、実際にモデルが上下可動するためのアクチュエーターを内蔵する為に白い円柱の下に黒いスタンドが設けられているが、上述の下端がラウンドした造形の方が浮遊感が出て、上下可動する「塊」に軽快なイメージを付与できて良かったのではないかと感じた。制御系に詳しい客員教授のサポート無くしては実現出来なかったが、照明も含めワーキングモデルに仕上げたアウトプットは見応えがあった。

 

三谷彩乃:子供と一緒にストレスの低減を促す玩具機能を備えたアクセサリーの提案

作品のテーマは、女性は男性よりもストレスが多いという現実を背景に、その軽減行動に繋がるアイデアの模索だ。「無限プチプチ」や「無限エダマメ」に代表される様な単純行為の繰り返しによる「なだめ行動」(気持ちを落ち着かせるために人が無意識に取る様々な行為)を促す道具をウエアラブルなアクセサリーにした… というのが最も判りやすい商品フレームだと思う。ただし彼女の作品にはもうひとつ大切な切り口があり、小さい子供も一緒にそれを楽しめることを意図してる。
公園やショッピングモールなどで乳児を抱える人を見ると、沢山の荷物を抱えながら子供のケアに大変な様子は想像に難くない。取り分け母親は(こういう言い方は昨今では子育ては母親の仕事と決めつける不届きな表現と叱られるが)小さい子供が中心の生活の中で、時間は支配され、お洒落に気を使う余裕も無く、あらゆる危険から子供を守る神経戦の様な毎日を過ごしている人も多いのが現実だ。そんな中で、彼女が提案する「nadame」は、リング上のレールに数珠の様なボールが嵌め込まれたベアリングの様な装置だ。不思議な存在感を持つ形状だが、手に取ってクルクル転がしてみるとボールが嵌まっていない余白にボールが移動することで、心地良いクリック感の様な感触が「パチパチ」という算盤の珠の様な音と共に体感出来る。

材質には、透明感のあるクリスタルなイメージや半透明の淡いトーンを楽しめるもの、或いは、木の持つ温かみを感じる3つのタイプを再現し、それぞれに異なる質感や音色を楽しむことができる。 バングルのスタイルを取るがリング状である必要があるため、大中小のサイズを用意し素材と合わせ計9種類のバリエーションを持つ。

彼女は当初「新たな香りビジネス」に関わる何か…といったテーマを模索していた。
アロマセラピーやその効果に関するリサーチを行いながら、自らも調香士が主催するワークショップなどに参加しながら、香りの持つ可能性とその演出方法がインテリアの一部となる様な商品を模索した。気分転換を図る手法のひとつとして、フォルムをカスタマイズすることで、その日の気分に合わせたり、光や色との相乗効果で見せる照明器具への発展なども検討していた。カレイドサイクルと呼ばれる外側の面と内側の面が入れ替わる立体造形を取り入れる試みなど、「カタチ」の持つ面白さや遊具性については当初から一貫していたとも言える。
「癒やし」を目的とした「香り」から離れ、そもそも「癒やし」が必要な現在のストレス環境にリサーチが及び、男女差や性格の違いによるストレスの受け方の差異に気付き、女性が持つ多くのストレスの解消法を模索する流れとなった。自傷行為(爪を噛む、眉毛を抜いたり髪の毛を強く引っ張るなどの軽微なもの)も含む「なだめ行為」に注目しストレスを低減する為の単純作業をいつでも体感できる様にとウエアラブルの方向性を探ることとなった。上述の、小さな子供がいることで女性としての楽しみのひとつである「身を飾る」機会が奪われることと繋がり、装身具としての役割、更に小さい子供と一緒に楽しめる何か…というコンセプトは建設的な連鎖反応と感じる。
確かに、乳児/幼児用のおもちゃには、小さなボールをレールやシャフトの上で移動させる…子供がアフォーダンスの感覚を養う為の原理的な遊具もしばしば目にする。
優しい質感と触覚や聴覚を心地良く刺激するこの作品は、玩具であり、装身具であり、無意識に触れることのできる新しい「癒やし」のカタチなのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

陳思羽:簡単に角度設定を変更できる簡易テント用ジョイントの提案

彼女は中国からの留学生(大学院生)で、この2年間、実に精力的/計画的に研究に取り組んだ学生のひとりだ。来日以来、始めて地震を体験し、外国からの居住者達が言葉や文化/習慣の異なる異国で身を守ることに高いハードルや不安材料を抱えていることを身を以て体験したという。大学院1年生の時のテーマでも、ペットボトルのキャップの規格に合わせた「フィルター付き飲み口」による、非常時に於ける飲料水の確保を扱っており(平常時にはフィルターに含浸させたミネラルやビタミンなどの栄養素を摂取できる)、災害時に於ける危機管理に興味があった様だ。
研究の比較的早い時期から、避難場所に指定されている公園などの公共のスペースに非常時に設営される簡易テントやプライバシーの確保を目的としたパーティションの存在に注目していた。また同時に言葉の壁を越えた道具の使いやすさを実現する為に平常時での活用を促すアイデアが必要と考えていた。平常時での使い勝手を向上させ様々なバリエーションに対応するためのジョイント構造にも注目しており、Rhinoceros(3Dモデリングソフト)と3Dプリンターを駆使しながら、実に沢山のアイデア展開を見せてくれた。思い付いたアイデアを直ぐにカタチにして検証し修正していくことが今のデザインのプロセスでは大切だが彼女はそれを実践し、ひとつのアイデアに固執することなく次々に自分のアイデアを否定しながら「カタチ」を追求する探求心は実に素晴らしかった。


名古屋市内にある遊具メーカーの内田工業は災害時に使用される防災関連商品の製造も手掛けており、ここに勤める卒業生を頼ってインタビューを実施した。 この時に災害に備えた多くの装備(非常用井戸や非常用トイレ、かまどになるベンチや太陽光による照明器具など)を備えた米野公園(中村区)の存在を教えてもらい、早速現地調査を実施した。同公園を管理する中村区役所の担当部署職員にも時間を割いて頂き地方自治が準備している災害時への対応や取り組み、また問題点や今後の課題などは非常に興味深いリサーチとなった。
掲載画像では詳細を説明するのが難しいが、3方向に分岐するコーナージョイントをL字型パーツとI型パーツに分割し、I型パーツを接合部の溝に合わせるだけで簡単に60度、90度、120度、180度に設定することができ、最後に接合部のトップに蓋を付けることで樹脂の爪を押し広げ簡単にロックが掛かる構造を持っている。JIDA卒展訪問時に「非常時に使用するには簡単で明快な方が良いので角度調節は不要では?」という指摘も受けたが、角度調整できないのであれば現存するコーナージョイントと変わりなく新しさは何も無い。「簡単に」角度調節ができるからこそ平常時での利便性が上がり、用途が広がることで日常から使用方法に触れる機会が増え、いざと言う時の備えになるのだ。 非常時には簡易テントやパーティション、簡易更衣室などを組み立てることになるが、60度や120度の構造を持つことで、正三角形やそれらを組み合わせた平行四辺形や六角形、ハニカム構造などの展開が可能で、避難する家族構成や人数構成などにもきめ細かく対応できる可能性も増えるに違いない。また部品を増やさずに様々に角度の調整ができることのアピールとして、彼女は平常時での使われ方にも幾つかの提案をしてくれた。
大きな空間を扱うスケール感をどの様にまとめるかがポイントだったが、日常使いの楽しい場面の再現で、深刻な問題を楽しい展示で見ることができることも表現として大切なことだと感じた。

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さて、大学院生を含めた9名の作品は如何だったでしょうか? 今年はコロナ感染の拡大騒動で卒業式が中止になるという非常に寂しい幕引きとなりましたが、学生達が頑張った4年間(2年間)が無くなる訳ではなく、学生ひとりひとりが元気に新しいステージに歩を進めてくれることを願っています。小牧キャンパスも後2年の期限付きですが、また顔を見せに来てくれる機会を今から楽しみにしています。

PD/LD 金澤