卒業制作展を振り返る

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2015年度の卒業式も無事に終わり、院生を含め15名の同志が旅立ちました。
先日、卒業生のひとりから、「各作品についてのコメントをブログに上げて欲しい」とのリクエストがありました。 私が彼らにできる最後の御奉仕として、拙文ではありますが私自身の整理としても纏めておきたいと思います。(今回は会場での写真を掲載しましたので、作品の詳細を御覧になりたい方は、以前のブログ「卒業制作展作品紹介」をご参照下さい)
15名、一気にいくぞ!

 

flextool:天野皓

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曲げ合板を使用することで、木材の暖かさをそのままに硬い座り心地の改善を目指した作品。シンプルな形状にステンレスと木材という最小限の部品構成での仕上げにより、外連味の無いスタイルには好感が持てる。しかしながら「座ってみると柔らかい」という意外性と驚きを演出する為の脚部構造の極限までの省略や座ることを誘発する座面の見せ方、色や表面処理を含めたビジュアルの新鮮さやバリエーションなどを目指し、もう一歩踏み込めると面白かったと思う。

 

でぃーぷ:石谷菜月

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キャラクターグッズをプロダクトとして捉える時の難しさは、需要性と市場のスケール感を測るリサーチのフェーズにあると感じる。彼女の場合は深海魚という、最近若い世代で密かに脚光を浴びているジャンルとのことで、確かに卒展ではグラフィックの学生にも深海魚をテーマに作品を展開する者がいた。 女性らしい視点で身近な道具を見つめ直した提案として…ある種、恣意的に世界観を構築している様にも捉えられがちなキャラクターにその解を求めた作品は、客観性を伝えるには難しさもあったと思うが、深海魚を扱う水族館の動員数の変化やその他の深海魚関連の商品リサーチなど、彼女なりに精一杯情報収集した経緯は良かったと思う。 或いは、デモグラ(人口統計学)的なマーケティングというよりも、自分が表現したいモノを以て、共感してくれる市場を開拓していく「この指止まれ」式マーケティング手法は、自由な情報発信と受信がグローバルに可能になったネット社会でこそ精彩をを放つ「ビジネスの可能性を広げるアプローチ」と捉えると興味深い。

 

導(しるべ):石川翔一郎

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日本語が分からない海外からの観光客とのコミュニケーションを図るデジタルサイネージの提案。 海外からのゲストを意識した日本的な意匠を格子やそこからこぼれる光に求め、先端技術を感じさせる曲面EL(?)液晶(?)とのコンビネーションで表現したスタイルには存在感がある。 デジタルメディアデザインの学生からコンテンツを設計してみたくなる…とのコメントも聞き、面白いテーマとして受け止められていると感じた。 モデルの着手時期の遅れから時間的な制約もあり筐体の制作に時間を費やしてしまったが、使い勝手を考慮したインターフェースとしてのコンテンツ設計にまで思考が及ぶと更に良かった。 完全にノンバーバル(非言語 non-verbal)にこだわった「おもてなし」のビジュアル表現など、新しい研究テーマも見つかりそうだ。

 

万華筐:加治志生吏

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小箱のふたが回転しながら開く、見ていて楽しくなる作品。 各ふたが有機的に繋がり、シンプルな正方形のシルエットが拡大しながら、文字通り花開く様子は何度見ても飽きない美しさがある。 本人が研究テーマに選んだ「デザインに於けるエンターテイメント性」は今後益々重要になると考える。 時代は既に「機能的なものづくり」から「精神的な共感つくり」(モノからコト)への移行が進んでおり、商品の機能、性能、信頼性が成熟する中で「モノ選び」の基準が、より「美」や「楽しさ」といった感性価値や嗜好性などの情緒的価値や心の動きに軸足を置いたものに移行していくことは自然な流れと言える。 木材にこだわった作者は、箱が閉じる時の「カコッ」という音にもその魅力を感じており、五感で受け止める表現にまで意識が働いている点も面白い。 木材や寄せ木細工の表現にこだわった意匠は、数学的な美しさで動くモダンさの中にも温かみのあるインテリアとして、卒展会場でも多くの来場者の共感を呼ぶ素敵な作品になった。

 

N.A.R.V.:柏木亮大

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鬼怒川決壊のニュースもホットだったさなか、水害救助をメインタスクに設定した水陸両用の災害救助車。 社会的なテーマを扱いながら、好きなクルマの世界を存分に表現することができた作品となった。 細かい装置の設定や、動くギミック、点灯する灯火器類などモデルとしての拘りにも最後まで手を抜かずに仕上げた点は良かった。 機能が優先されるクルマなので、スタイリングは二の次的な部分も止むを得ない…という考え方もあるが、サンダーバードの国際救助隊のメカや地球防衛軍のウルトラホークが夢と憧れの対象となる様に、少し未来を設定したブッ飛び方をしたアプローチにも挑戦したかった。 3年生の時から研究室に来ては、クルマのスケッチの課題を自分に課し、見せに来てくれた真面目な取り組みも奏功したのか…パネルのスケッチも随分良くなったよ!

 

Meek:片岡茜

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JIDA優秀賞おめでとう。
1週間分の衣裳をコーディネートしたまま仕舞い、自分の部屋をフィッティングルームに早変わりさせてしまうワードローブの提案。 JDNの選抜とコース内優秀賞の3賞を持っていった。 JIDAの審査員も含め卒展での来場者が目を見張ったのは、木工作業のスキル。 しかしながら、本人不在時に来場者にMeekを説明していて多くの共感を得るのは、女性らしい目線で、お気に入りのファッションを捉え、時間が掛かるコーディネーションを効率的、直感的に判断出来る様、組み合わせたまま掛けておける構造や小物も合わせて収納できる機能と、圧巻の4面鏡によるダイナミックな試着室効果。 今風なアッシュ色のツキ板のチョイスや、洒落たキャスターのセレクトなど、細かい所にも神経の行き届いた仕上げは見事。

 

Toy Furniture:河北治美

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収納することを学びながら、子供の自由な発想で遊べる積み木の様な家具の提案。 「やさしい美術」からスタートして、子供や保護者にとって抵抗感の少ない医療機関の在り方、小児科病院での待ち時間の過ごし方、医者と患者の効率的な情報共有の在り方など、テーマの模索には紆余曲折があったが、最終的にはカラフルで楽しい作品になった。 他の先生方と話す中で、小児科じゃなくてもよくなってしまったのか…と残念がる方もいたが、私は「片付けることを学ぶ」という価値を出したことで、より汎用性の高い間口の広さをアピールすることにしたのは正解だったと思う。 クルマ業界では植毛塗装は高級車のトリムなどに一般的な手法だったが、最近は柔らかい質感を出すシボ処理などが主流となり、あまり見なくなった。 今回、改めて植毛塗装の質感を家具に使うという視点は新しいと感じたし、その質感から子供向けの企画に対してピッタリの表現になり会場を彩った。

 

Vreehicle:後藤将司

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観光地向けパーソナルモビリティー。 京都などに旅行に行くと人力車が観光地を回ってくれるサービスに出くわす。 彼の作品は、インフラの整備を必要とするものの、このパーソナルと公共の中間に位置する新しい乗り物をテーマにしている。 人力車の持つ独特の視点の高さや軽快感をそのままに、自動運転や情報端末機器などの技術を背景に、よりコンパクトに手軽に旅行を楽しむシーンを模索した点が面白かった。 作者は大のモーターサイクル好きで、自身も風を感じながら移動する魅力を体感として持っていることから、「風を感じること」をひとつの価値と定義している。 ネーミングの語源となった「そよ風」は英語では「breeze」であるが、「Vehicle」(乗り物)との掛詞による造語なので、「b」と「v」の違いには目を瞑ることとしよう。 自動運転を裏付けるインフラや観光地の情報を(人力車夫とのコミュニケーションでは無く)端末から得るためのインターフェースなどにも考察が加えられると更に良かった。

 

Surge:坂井香菜

9.坂井のコピー
自由に服やアクセサリー、帽子や小物をディスプレイできる収納の提案。 加治さんの作品にも通じる「エンターテイメントデザイン」の切り口からプロダクトにアプローチした視点が興味深い。 片岡さん(Meek)の王道をいく収納のスタイルに比べ、これを「収納」と言い切る図太さ…というか大らかさにヤラれた! 彼女の一貫したテーマは「生活に『アート』を持ち込む」こと。 とかく「問題解決」の視点からアプローチされるプロダクトに対し、一見「それが何であるか」が判らない”存在感” を放ち、マニュアル通りの使い方を強いること無く、ユーザーが自由に製品との関係を作っていけるものに、とても魅力的なプロダクトとしての在り方を感じる。 今回、取り上げた「収納のカタチ」も、従来の「箱型」で「効率的に沢山仕舞える」「壁際にあるべき」といった常識を忘れ、「色々な視点から関わってみたくなる」という、毎日付き合うことで得られる「驚き」や「発見」「感動」を演出する「モノ」として捉えており、そこにはデザインの宿命的課題とも言える「機能的」「経済的」「合理的」…といった左脳的理解よりも、初めて出会った時の「すごーい」「なにこれ?」「どうなってるの?!」といった右脳的刺激を「デザインの役割」として捉えている。 見る者の感情の動き…ユーザーの「オォッ!」という感嘆詞を引き出す “WOW デザイン” が、これからのプロダクトデザインの「ステキな在り方」を示唆している。

 

Labios:須田梨紗子

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化粧直し用のルージュをアクセサリーとして携帯する新しいコスメの提案。 彼女の最も得意とする分野に真正面から取り組んだ作品。 授業の中でコンセプトについての協議をした際も、生活に於ける女性ならではの問題点の発掘、使用シーンでの女性の心理に関する説明には説得力があり、卒展会場でも多くの女性来場者から「あるある」共感を得たのでは無いかと思う。 バングルのカタチ、部品構成、ヘッド部の繰り出し構造、スティック型とリキッドタイプの使い分け、色のバリエーションなど、多岐に渡り商品としての要素を着実に詰め、パッケージやパネルのビジュアル、展示台の演出に至るまで、トータルな世界観にこだわった力作となった。 サイズが小さいこともあり、部品精度が求められる作品となったが、3Dプリンターでの試行錯誤を繰り返すことで解決した。 部品の合わせやバリエーションの模索にも最近の手法を取り入れることができ、今後のモデル制作手法のヒントも得ることができた。 ここでも女性らしい目線と問題意識がしっかり提示されており、魅力的なソリューションが導き出された点を高く評価したい。

 

Esmeralda:田中真実

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歌うことで音程に合わせシャボン玉が出てくる浴育玩具。 彼女はいつも独特の世界観で作品を提案してくる。 元々はミュージカルなどの舞台型のパフォーマンスに興味があり、人が歌い踊り、演技をするエンターテイメントに独自の価値観や志向を持っており、今回は子供がお風呂場で「泡や光を音(声)でコントロールする遊び」というユニークな発想を提示した。 そのカタチは、これまた彼女ならではのユニークな造形であり、連想が効かない初めて見るカタチにドキドキする。 音の高低をビジュアル化するアイデアは思い付いても、それをどういう商品に昇華させるか…というジャンプは中々難しいと思う。 技術的な裏付けについては、多少希望的観測と夢が入り混ざる点は否めないが、自身の説明の中に「歌を見る」という表現が出てくる通り、音楽とアートを扱う彼女のアイデアは、耳と目で…そして泡という体中で感じることができる要素を加えることで、ちょっとした…彼女の好きな舞台をイメージしている様に見える。 何より、年度の途中から手術を伴う長期の入院期間という試練を乗り越え、コツコツと自分の仕事を全うした根性に敬意を表する。

 

四季香風:都野瞳

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四季折々の風情を楽しむ新しい「お香」の提案。 出身地が京都である彼女の発想と表現は、どこか上品で優しさに溢れている。 形状的には、源光庵の「悟りの窓」をモチーフとしているが、形而上的には、日本人の持つ「見立ての文化」や「ミニマムの美」、「日常の些細な変化を敏感に感じ取る感性」や「ゆっくりした時間を楽しむ優雅さ」といった、「言わずもがな…」で通じ合える豊かなコミュニケーションが大きなテーマになっていると感じる。 現在、「お香」の世界はお仏壇に供える為の線香でさえ、様々な香りや色を楽しめるものが多く、煙や灰が少ない機能的な進化も遂げている。 彼女のアイデアの面白さは、素朴な素材とカタチの香台を舞台に、可愛い線画で描かれた季節を象徴する「お香」の見せ方。 モチーフに合わせ様々な色を想定しているが、「お香」独特の少し鈍い発色が、統一感のある優しさを表現し、陶器の穏やかな白を舞台とした白木のコマとの素朴なコンビネーションが美しい。 丸窓の曲面にお香を立てる為に、鋳込み型により中空に仕上げた陶器の中に砂鉄を詰めるというアイデアもユニーク。

 

koebi:中村果歩

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脳機能障害児に発症しがちな筋肉の硬直化を防止・緩和する為に必要なマッサージ治療をサポートするためのリクライニングマット。 専門的な分野に於ける現状のリサーチは難しさを伴うが、彼女は介護実習の機会を捉え今回の提案に繋がる現場のニーズを拾い上げた。 最終的な恩恵を受けるのは障害を持つ患者ではあるが、彼女の着眼点は介護者の負担低減にあり、現状必要なマッサージを行う為に180°以上開く(患者をエビ反り姿勢にし易い機構)マットの必要性を見出している。 一見地味でピンポイントな提案に感じるかも知れないが、普段私達が知る機会があまり無い「現実」に思いを馳せ、これに付随する様々な治療・リハビリ環境の課題に目を向ける手掛かりやキッカケになるとすれば、切実なテーマとして、作者のメッセージが伝わってくる。 形状にそのデザイン(設計)的特徴を見い出しがちだが、脳機能障害による色弱者にも自分のマットを判別しやすくするためのカラースキームや、手触りで前後を識別できるステッチ形状の工夫など、細かいところまで配慮されており、彼女が現場で目を背けずに全てを捉えようとした姿勢を評価したい。 展示では、人と作品の関係が判るビジュアルが少なく、プロダクトの特徴が判り辛かった点が惜しかった。

 

U+knit:野澤拓磨

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JIDA最優秀賞おめでとう。
発展途上国に於けるユニット型収納・運搬用具の提案。 彼の発想の出発点は「『デザイン』の恩恵を享受できない世界の90%の人達のために」という壮大な視点。 これだけ「デザイン」という言葉が一般化し、一億総デザイナー時代と錯覚している今の日本に、デザイナーとして生きて行く道を選んだ作者がメッセージとして「デザイナーと社会とのシリアスな関係」を伝えようとした「責任感」の様な意気込みを感じる。 今やアフリカの奥地やマサイ族にまでスマホが市場を伸ばしている時代、実際の現地がどの様に生活の変化を果たし、どんな現実に直面しているかをリサーチすることは難しく、アプローチについては…ある種の「想定」を前提とした側面も否めないが、発想の起点とは別に最終的なアウトプットは、熟考の末に洗練されたユニットパターンに集結し、展示品のカラーや素材とも相まって、汎用性の高いプロダクトとしての一面を感じさせる提案となった。 作者は現地調達可能な素材も含めたローカライズマーケティングをイメージしているが、繋ぎ方によって様々な深さや径のカゴ状容器を作ることができるアイデアは、商品をできるだけシンプルに単位化(解体)し、アッセンブル費用や商品のバリエーションによる管理費用の低減を図りながら、ユーザーが必要な形状(商品)を手にできる(カスタマイズする)ことで満足度の充足を図るビジネスモデルとして、今後のプロダクトの在り方へのヒントが隠れている。

 

新日本様式:中井俊樹

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和と洋の融合が遅れているとする「フットウエア」に注目した新しい日本様式の「履物」を提案。 彼の構想の最初のビジュアルに登場したのは、レディー・ガガの着物にブーツといった和洋折衷スタイルの写真。 「ヒール」という西洋からの「履物」を日本人は使いこなせていない…とする最初のレポートは、その文化的背景の違いや道路事情、体型の違いやTPOの理解、実際の女性からの意見などを交えた、非常に興味深い内容だった。 冒頭のガガの「着物にブーツ」という新しい組み合わせによる化学反応の面白さでは無く、着物にマッチする「ヒール」の提案は、「着物で歩く姿(美しいとされてきた所作や立ち振る舞い)」に変化を与える試みと言える。 単に木製に鼻緒、桜の花形で抜いた土踏まず…といった記号性でハイヒールを捉えるだけでは無く、強度や履き心地は勿論、文化として美しいとされてきた「所作」に新しい時代の「美学」を提案するところまでの作品となって欲しかった。 着物の裾から見せる足袋のボリュームのバランスや着物の裾から地面までの適正な距離感、立ち姿や歩行時、階段の昇降や物を拾う仕草等々、着物との関係やダイナミックなシーンでの見せ方にも次なるテーマが発見できそうな研究となった。

 

如何だったでしょうか? 各学生が精一杯背伸びしながら、高いハードルを越えようともがいた姿を感じ取って頂けたでしょうか?

彼らとは大学では2年間しか時間を共有出来ませんでしたが、色々な強い個性が混ざった面白い学年で中身の濃い2年間でした。 しかしながら、実はこれから先の付き合いの方が長くて面白いに違いない! 再び言う。 彼らの未来が明るいものであることを心から願う。

卒業、おめでとう!

 

PD 金澤