午前中、家の横の植え込みの草抜き。
グランドカバーが伸びきって、みっともなく通路に垂れ下がり、雑草(というか放っておけば木になるような)も生えている。時間的にはそれほど長くない作業だったが、その間に何カ所も蚊に刺された。
松尾和子はすばらしい! 唐突だが…
聴く度に魅了されてしまうのだ。歌謡曲の世界でも歌の上手い歌手は沢山いるが、あのように独特で魅力的な声を持った歌手は中々いない。
先週、ジムに行ったときにBGMでムード歌謡が流れていたせいで、しばらく脳内音楽がムード歌謡になっていた。出かける際の音楽もiPodに入った歌謡曲系を聴いていたが、やはり(前々から聴く度に感心していたのだが)松尾和子は素晴らしい。
この世代の歌手は多かれ少なかれジャズの影響を受けているが、松尾和子も例外ではない。進駐軍のキャンプやナイトクラブで歌っていたところをフランク永井に見いだされた。そのフランク永井も当初はジャズ歌手を目指していた。
松尾和子とフランク永井のデュエットと言えば「東京ナイトクラブ」だ。オリジナルのクールな歌唱も素晴らしいが、後年の再録音も素晴らしい。非常に”色っぽい”歌唱だがぜんぜいん嫌らしくない。フランク永井の”低音の魅力”も相まって、じっくり聴かせる。
そして「誰よりも君を愛す」や「再会」は他に類を見ない独特な世界を作り出していた。子供の頃は(これが流行った頃、私は5〜6歳だった)何となく暗〜い曲調が好きではなかったが、今聴いてみると、クールな歌唱が心に染みる。50代で亡くなってしまったのがあまりにも残念。
日本の流行歌が”歌謡曲”と呼ばれた時代、素晴らしい歌手が数多くいた。あらためてじっくりと聴き直してみたいものだ。
午後は自宅の部屋を片付けた。
私の部屋(オーディオ・ルームでもある)は物置状態が長い間続いており、物置化が高じてゴミ箱化しつつある危機的状況だ。
部屋に入るのも久し振り、コツコツと片付けながら久々にCDを聴いた。アンプのスイッチを入れるのは何時以来だろう。ひょっとしたら一年くらい経っているかもしれない。
片付けながら聴いていたが、どうも音に奥行きが無い、スピーカーに近づいてみると左側のツイーターが鳴っていない。バリコンの接触不良で、何度かダイアルを回しているうちに聞こえてきた。
それにしてもあまり豊かな音がしない。
バランスを調整したりしているうちに。エイジングができてきたのか、あるいは耳が慣れてきたのか、まあまあ聴ける音になってきた。
そこで、ブラームスの交響曲第4番(チェリビダッケ/ミュンヘンPO:EMI盤)を聴いた。窓から見える空が少しずつ光を失ってゆく様を見ながら、久々に”ついで”ではなく、ゆっくりと音楽を聴いた。
次に同じくブラームスのピアノ協奏曲第2番(コヴァセヴィチ, サヴァリッシュ/ロンドンPO)。たまにはこんな時間が必要だな。今の時間が過去のあらゆる時と繋がって、心の拠り所を得たような気がする。
できれば、生のオーケストラを聴きたいものだ。あの素晴らしい響き、そして、そこで生まれる音楽を耳にしたい。”音楽は耳の空気だ”と言ったのはトスカニーニだったかワルターだったか…、私の耳も新鮮な空気を求めているようだ。