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卒業生紹介

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伊藤正臣先生


Profile

伊藤正臣
名古屋造形大学 デザイン学科Ⅰ類 視覚伝達デザイン (現 映像文学領域)卒業
2007年 週刊少年チャンピオンでデビュー
代表作に「片隅乙女ワンスモア」(幻冬舎コミックス)「マグネット島通信」(新潮社)など。現在は「ふらっとヒーローズ」にて「明日の恋と空模様」を連載中。

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代表作「マグネット島通信」/2017年より「MANGA ZERO」の「漫画ジヘン」で連載
東京から磁辺島に移住してきた主人公・本山田はタイ語の翻訳家。
海と自然のスローライフな島生活、島民とのふれあい。
島に落ちている不思議な金属片が謎を呼ぶSFファンタジー。

高校時代について教えてください。

うっかり進学校に入学してしまい、授業についていけなくて散々な高校生活。数学は赤点・追試でそれすら赤点という地獄。勉強が辛かった思い出ばかりで一つの暗黒時代でした…。

なぜ美大へ、名古屋造形大学へ進学したのですか?

勉強が大嫌いな落ちこぼれ高校生だったので受験勉強で悩んでいたところ、芸術系の大学への進学を美術部の顧問に提案されました。
一芸身を助けるとはよく言ったもので、実技試験は自信があったため、県内でもレベルが高いと評判だった名古屋造形のデザイン学科1類にチャレンジしました。

名古屋造形大学へ入学してみてどうでしたか?

楽しかったです。"勉強=難しくて辛いもの"という苦手意識があったので、実技の授業は好きなことが勉強になるという喜びを感じました。
経済学部や心理学部に進学した友達が小難しいレポートを書くのを横目に、僕は課題のポスターを描いていたんです。遊んでいたわけでは全くないのですが、少し罪悪感すら覚えました。講義の授業も、大変ではありましたが興味深かったです。
今は漫画の課題があったりするんですよね!羨ましい限りです。

在学時代の思い出について教えてください。

就職指導室の掲示板に貼ってあったアルバイト募集で、設計のイメージイラストを描く仕事と彫刻家さんのヌードモデルをしたことですね。他のアルバイト情報誌では無かった募集だと思いますし、他にも在学中は色々とアルバイトをしていましたが、あの2つは一生の思い出になってとても良い経験になりました。
また、デザイン学科Ⅰ類では卒業制作でポスターを10枚描いたのですが、最後の方はみんなでアトリエに泊まり込みで作業して、大変でしたが楽しかったです。そうやって、一緒に作業することで4年生の最後の最後で仲良くなった友達もいて、その仲間たちとは今も繋がっています。「もっと早く仲良くなりたかった!」と、少し惜しく思います。

在学時代もっとこうしておけば良かった、と思うことはありますか?

学芸員や教員免許を取る課程を受けなかったことや、講義系の授業も単位の必要最低限しか取らなかったことです。色々な経験や知識を得るチャンスを自分から捨ててしまい、勿体ないことをしたなと思います。
美術・デザイン系の世界を目指して入学したからには、大学にある授業はどれも将来の自分に関係ないものなんて無いんですよね。

卒業してからどのようなお仕事についていますか?

マンガ家を目指して卒業後はフリーターになったものの、一旦諦めて日本語教師、翻訳、添乗員など…。
色々と迷いつつも、ずっとマンガ家の夢は諦めきれずマンガを描いてきました。そして、28歳でデビューし、なんとか今に至ります。

マンガはいつから書き始めたのですか?

落書きや遊びでは小学校の頃から描いていましたが、大学4年生の時に皆が就職活動をしている中、就職したくなくてマンガ家を本気で目指そうと描いた原稿が最初の作品です。それを持ち込みした週刊少年チャンピオンで小さな賞をもらったのが、マンガ家としての始まりですね。

マンガ家を長く続けるにはどうすれば良いのでしょうか?

"続けること"に尽きると思います。

制作で意識していることを教えて下さい。

とにかく手癖で描かないようにすることを意識してます。例えば、作画で葉っぱ一枚描くとすると、パっと手を動かせば描くことが出来ると思いますが、何も見ないで描いたものと実物を観察して描いたものでは、やはり雲泥の差があるんです。同じように、セリフ回し、コマ割り、構図、演出など、必ず一呼吸置いてから考え、パっと出たものよりも良いものを目指して仕上げるよう心がけています。

マンガを描く上で楽しいことはなんですか?

マンガ家って、嫌な人間とは無理矢理付き合わなくていい職業だと思うので、仕事の人間関係は常に良好です。
原稿作業中はスカイプでマンガ家友達やアシスタントさんと話しながら楽しく作業しています。

マンガを描く上で大変なことはなんですか?

プロット、ネーム、下書き、ペン入れ、仕上げなど…作業工程は全部大変です。マンガをたった1話完成させることですら、すごく大変なことだという気持ちは、投稿時代からずっと変わってません。プロになったら色々と慣れて、なんでもスイスイできるようになると思っていた時期もありました。

スランプになったりすることはありますか?

逆に調子が良い時というのをあまり感じないので、スランプ自体無い気がします(笑)

在学時代の学びや経験で、今の自分に活かされていることを教えてください。

当時はデザイン学科だったので、直接漫画には結びつかないものが多いのですが、Adobeのイラストレーターを使う授業があり、その時のテクニックは今のデジタル作画に役に立っています。あとは、良かったこと、嫌だったこと、面白かったことという印象に残っている思い出は、ずっと作風作りに活かされています。

今後はどうしていきたいですか?

年を重ねるごとにインプットも変われば、アウトプットの方法も変わってきてる気がしています。
じわじわと新しく描きたいものが出てきているので、描かせてもらえる場がある限りはマンガを描いていきたいですし、今後もチャレンジ精神を忘れないようにしたいです。実力以上のことをやってこそ本当の実力が身に付いていくと思うので、連載を掛け持ちしたり描いたことのないマンガに挑戦したいですね。
あと、マンガを描いてると生活の中心ほとんどマンガになってしまいがちなので、マンガ以外のことを頑張る習慣もつけていきたいと思ってます(笑)

最後に、高校生や後輩たちへメッセージを!

僕というマンガ家をこのインタビューで初めて知った方も多いと思います。そんな僕でもデビューしてから十数年、マンガだけを描いて食べていけています。それは、雑誌だけでなくwebで色々な媒体が増え、マンガの活躍の場が豊富な時代に助けられたのが大きいと思います。ですので、今はマンガ家は言うほど大博打でもなく、好きなことを仕事にする道として現実味のある夢ではないでしょうか。チャンスが多い時代、頑張って夢を掴みましょう。
ただ、ノリやラッキーだけではマンガ家になれません。連載が決まった時、デビューした時、受賞が決まった時…僕がその節目で出るのは「やった!」というガッツポーズではなく、「やっと決まったか…。」という深いため息です。何十回とボツを食らっても続ける根気や頑張りは必須スキルです。そのスキルを磨く為に、今は目の前の課題や勉強に全力で取り組んでいきましょう。