「明日を創る、未来を創るための研究」ですね。今まで、特に講義系の先生方の研究では、多くの場合「過去に関する分析」が基軸となってきました。もちろんそれ自体は重要なことですが、歴史をひもとくのは「次」を創るためだということを忘れてはならない。一方、「実技系の先生方の研究はいかにあるべきか」という問題があります。よく、「絵や彫刻を制作することは、直観によるのだから、言葉は必要ない」といった意見を耳にします。しかし私は、言葉の大切さと直観の大切さは決して矛盾しないと考えています。つまり、直観によって大切だと確信したことを実現していくとき、人間は、自分自身を突き放して見ながら、自分自身を次第に高め、いい表現を見つけて行くのです。そのためには、どこかで「言葉で考える」ところがある。
  人間は、それぞれの母語で考えるように出来ているわけですから。それは、現状の自分に留まらないで明日の自分を創るための作業です。だから、自分自身を突き放して、言葉で考え、いい言葉を選びながら、時にはそれを作品とは別のかたちで表明する、そうしながら自分の未来を創っていく。そこに、実技における研究の本来の姿があると思います。結局、講義系の先生の研究にとっても、実技系の先生の研究にとっても、「これからの人間がどうあるべきか、人間にとって何が支えになり、明日を創る手掛かりになるのか」が共通のテーマと言えるのではないでしょうか。
 
 
   
 
 
名古屋造形芸術大学・名古屋造形芸術短期大学 造形芸術センター長 (2001年4月就任)
名古屋造形芸術大学教授・現代美術評論
http://www.alles.or.jp/~aura/index.html (造形芸術センターhttp://www.doho.ac.jp/~nz-rc/