1月31日(水)晴れ

午前9時10分に大学へ。
10時30分から教授会。その後、打ち合わせ等が重なり、個展最終日のギャラリーに着いたのは午後4時近くになっていた。
最終日にも大勢の方がお見えになった。ギャラリーのオーナーである福田さんによると、ここ数年でトップクラスの入りであったとか。嬉しい限りだ。

展示期間中は本当に幸せな日々だった。何が幸せかというと、自分の作品を十分に鑑賞できる時間があったからだ。自作と言えども、その作品の意味をすべて知り尽くしている訳ではない。時間をかけて見ることで多くの隠れていた意味を見つけることができる。それが次の作品展開への大きなヒントとなるのだ。
個展会場に居る間はほとんど自作を見ていた。本当に幸せな時間だった。

個展が終わって淋しい気持ちもあるが、むしろ次につながるヒントを忘れないうちに次作の制作に入りたい。

今回の展示作品から1点紹介しよう。

小牧市常懐荘、2011年6月13日撮影 2,380 × 2,000mm インクジェット・プリント

この作品はいわゆる35mmフルサイズの撮像素子を持つデジタルカメラに300mm固定焦点の望遠レンズを装着して撮影した。カメラは三脚に据え、少しずつ上下左右にずらしながら撮影し、合計302枚のショットを合成して制作した。ガラス面にピントを合わせ、扉の周辺部へ行くほど強い形状補正を行った。
常懐荘は昭和初期の建物で、ガラスも当時のものである。表面にゆがみやキズが多くあり、それを通して見える室内風景、そして映り込む外の風景の関係性(つまりガラス面、透過光、反射光)が面白いと感じた。
扉は実際の形状に再構成されているが、これを画像として考えると、無限遠の彼方から撮影したパースペクティブを持っていると言える。一方、桟の見え方などは2〜3mの位置から見たパースペクティブである。つまり、この作品においては、写真として考えると相反するパースペクティブが混在しており非常に不自然である。ただ、写真により復元された扉と考えると、実際にカメラが置かれていた位置で単眼で見ることにより最も矛盾のないパースペクティブとなる。そして、それ以外の位置では自分の目の位置が特定できず、宙ぶらりんの状態に放り出されてしまうこととなる。
また写真の大きさも基本的に原寸大であることが要求される。その意味ではホログラフィに近いと言えるが、ホログラフィとは逆に、単眼で見ることで奥行きを感じる。つまり、両眼視差による立体感を打ち消すことで立体感を感じるという構造を持っているのである。例えれば、モノーラル録音の音源をステレオ再生装置で聴くより、モノーラル再生装置で聴く方が臨場感が得られることに近いのかもしれない。

他の作品の紹介はまたいずれ!