2017年度 大学案内
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子どもの頃から漠然と「美術関係の仕事につきたい」と考えていました。美術科高校出身なのですが、高校時代に恩師との出会いがあり、学校の先生という職業に魅力を感じました。今は熊本市内の中学校で美術の授業と学級担任をしています。授業の準備や学級運営など、大変なことがたくさんありますが、生徒たちの「やった!」「できた!」「楽しい!」という笑顔に元気をもらう毎日です。名古屋造形大学在学中、洋画コースの先生方には制作のことだけではなく、他愛もない話から人生観まで様々な話をしていだきました。教職課程の先生方は教員採用試験の対策など、親身に相談にのってくださいました。友人達とは現在も近況を報告しあい、良い刺激をもらっています。名古屋造形大学での先生方や友人達との出会いが、今の自分の支えとなっています。僕は彫刻をやりたくて埼玉県から名古屋造形大学へ進学したのですが、作家活動で生きていくイメージが沸かなかったので、ものづくりを“仕事”にしたいと思っていました。母親が医療関係の仕事をしていたこともあって、4年生の夏ぐらいに専門学校への進学を決めました。専門学校では美大出身者は僕1人(笑)。実際に義足を制作する授業もあるんですけど、僕がデッサンを始めたら、先生や友達がビックリしてて・・・名古屋造形では、見ないでも形が思いだせるくらいデッサンしてから制作に取り掛かるのが普通だったので。しかも、ついつい“より力強く”とか“もっと躍動感を”みたいに個性を追求しそうになってしまうんです。でも、専門学校の先生から「それは不要」とバッサリ(笑)卒業後に今の会社に就職し、営業部に配属されました。病院に待機して患者さんの型をとったり、完成した義手・義足を装着する仕事をしています。患者さんに触れることは、義肢装具士という国家資格がないとできないんです。最初は実際に義手や義足を製作する工場への勤務を希望したのですが、工場では制作のみ(職人作業)なので、患者さんの反応を直接見れるという点でやりがいや喜びを感じています。また実際に(義手・義足を)装着する時に、どうしてもずれてしまったり、あわないことがあるんですけど、そういったときは、工具をサッとだして削ったりして、(工場にもどさなくても)すぐに調整してあげれるのは美大出身の僕の強みですね。名古屋市美術館での企画展“ポジション2012”で、絵画と共に展示した「架空の歴史ノート」が学芸員の方の目に留まり、製本・データ化を勧められて、電子書籍化をすすめました。それがネット上で話題になって、朝日新聞から取材の依頼が来たり、フジテレビの「アウト×デラックス」に出演することになってしまって・・・!「架空の歴史ノート」はamazon電子書籍ランキングで総合3位になりました。ヴィレッジヴァンガード(書店)でも「架空の歴史ノート」はamazon電子書籍ランキングで総合3位になり、ヴィレッジバンガード(書店)でも発売されていました。さらに「架空の歴史」ワークショップや、「架空の歴史」家庭教師も行いました。中学生の家へ行って、妄想ノートの描き方や内容を教えるウソの様な本当の話。名古屋造形大学では様々な先生方との出会いや体験が印象に残っています。技術的な指導というよりは面白そうな作家を教えてもらったり、ヴェネチアビエンナーレに同行したりと、自分の視野を広げてもらったことが大きいですね。自分の好きなものってこれなんじゃないかって思ったら、それを徹底的にやった方が、いい人生を送れるんじゃないかな。やや自分勝手な印象を受けるかもしれないけど、一歩一歩頑張っていれば開けてくるもんじゃないかな。周りの活躍している友達を見ているとそう思います。設楽 陸さん画家・陶芸家・現代アート作家世間的には「架空の歴史ノート」の人(2008年 総合造形(現・コンテンポラリーアート)コース卒業)加藤 裕さん義肢装具士(2007年 彫刻コース卒業)末松 友美さん美術教諭(熊本市立中学校勤務)(2014年 洋画コース卒業)卒業後の道 ―先輩たちの活躍―14BOOK1: 9 COURSE

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