● 3月16日(火)晴れ。
午前10時、名古屋市中村区の同朋学園。同朋大学附属同朋幼稚園卒園式。とにかく最初から最後まで「かわいい」の1時間だった。写真で紹介できないのが残念。
正午過ぎ、東区のスペースブリズム個展会場着。暖かい春の日差しに誘われるようにお客様が途切れない。夕方から寒くなっても途切れず、感謝。
個展木版画の中から文芸誌「駒来」のための表紙と表紙の言葉を少し紹介。
「牡丹夢想」
花には取り合わせというものがある。「梅に鴬」「竹に雀」「卯の花に不如帰」「松に鶴」・・・互いに似合いで調和が取れて絵になること。主客を先にすると「不如帰に卯の花」「鶴に松」となる。
さて花の王たる牡丹である。取り合わせと言っても、牡丹の引き立て役を担うものとなる。花札の牡丹には蝶が舞い、牡丹を愛で引立てている。その蝶も可憐ではなく、牡丹の華麗さに競うかのように賑やかしい。
「唐獅子牡丹」という勇壮なものがある。百獣に君臨する王としての獅子と花の王牡丹の取り合わせは、いかにも豪勢で、どちらを主客とするか難しいところである。ところが百獣の王である獅子も一つだけ恐れるものがあって、それは獅子の体毛に発生し、増殖し、やがて皮を破り肉に食らいつく害虫である。しかし、この害虫は、牡丹の花から滴り落ちる夜露にあたると死んでしまう。そこで獅子は夜になると牡丹の花の下で休み、安住の地を得ることになる。これが唐獅子と牡丹の取り合わせである。したがって「牡丹に唐獅子」牡丹が主客である。
見事な牡丹を見るたびに、夜になると唐獅子がやって来て、この牡丹の下で休む姿を夢想する。
「若菖蒲」
花が似合うのは、基本的に女性。しかし男性にも一つだけ似合う花がある。少年時代の菖蒲である。こどもの日の祝いの花であるが、今の花菖蒲ではなく、野生の菖蒲で花は小さい方が良い。菖蒲が尚武に通ずるところから男の節句とされた。
私の田舎では、鯉のぼりを立て、屋根に菖蒲と蓬の葉を飾った。古い慣習で、男の子がいることの自慢であったように思う。しかし、鯉のぼりは長男のもので、つまり兄のもの、次男の私はあまり鯉のぼりを誇らしく思ったことはなかった。憶えているのは、カラカラとなる矢車の音が青空に響いていたことである。
菖蒲の形が剣に似て、菖蒲刀ともいう。ここにも少年の志が見える。昔、赤胴鈴之助という少年剣士の漫画があったが、少年が最も美しい年頃であった。少年剣士に似合うのは若菖蒲、花の色が青紫というのもまた潔い、華のある頃は一瞬で過ぎて行く。


