午前中、半田市景観アドバイザー。
午後0時30分、碧南市にある画廊喫茶カフェ・アミールへ。「パラレル/永島卓・間瀬義春・角谷道仁・杉浦イッコウ」を観る。「同時平行存在 詩+画」とある。永島、間瀬、角谷のそれぞれの詩と杉浦さんの画によるコラボレーション。それぞれの詩を楽しみ、少し離れ画を含めて眺める。詩は文字から紋様のように表情を持ち、画と響き合う。宇宙あるいは空、砂浜をイメージして詩を旅立たせる。不思議な広がりを持つ作品になっている。



昼食のサンドイッチを頬張っていたら、すぐそばにある碧南市藤井達吉現代美術館の木本文平館長が豊田市美術館の吉田俊英さん、副館長とともに入って来て同席。美術館の役割と美術展談義に話が盛り上がる。
午後2時30分、名古屋市東区の愛知芸術文化センター12階アートスペースAで開催の「第31回ぴあフィルムフェスティバル」へ。

ぴあフィルムフェスティバルは、招待作品部門とコンペティション部門があり、コンペティション部門は、「PFFアワード2009」入選作16作品一挙上映。PFFアワードは、自主映画のコンペティション。現在活躍の多くの映画監督が自主映画出身である。今回は、569本から選ばれた16作品、上映時間は短くて30分、長いもので100分、審査の苦労が偲ばれる。
初日の今日は、招待作品部門で大島渚講座「帰って来たヨッパライ」「新宿泥棒日記」を一尾直樹映画監督の講座とともに観る。
「帰って来たヨッパライ」は、完全な実験映画。出演は、フォーククルセイダーズ(加藤和彦、北山修、端田載宣彦)佐藤慶、渡辺文雄、緑魔子、殿山泰司、戸浦六宏ら豪華、1968年の大ヒット曲(200万枚)の映画化とは思えない難解なもの。製作、配給とも大争奪戦になった末、フォーククルセイダーズが「大島渚監督しかいない」ということで、全てを委任。この実験映画が生まれた。一尾監督は、「帰って来たヨッパライ」の実験性が大ヒットという商業性に呑み込まれず、実験という流れで作られたと解説。
ナンセンス映画で、日本海沿いの街を旅する気楽な大学生3人(フォーククルセイダーズ)が韓国からの亡命軍人たちに命を狙われ逃げ続ける。時間と空間を何度も行き来する。リアルに夢を見ているような映画だ。
一尾監督は、この映画に衝撃を受けた「この映画は、今ならコンピュータの画面にレイヤーを重ねて行くように作られている。第1のレイヤーは、フォーククルセイダーズ(ヒット曲「イムジン河」を歌う)。第2のレイヤーは、そのフォーククルセイダーズが3人の学生になる。第3のレイヤーは、学生が韓国からの脱国者を装う。第4のレイヤーは、装った脱国者でありながら状況を傍観している加藤和彦。そこにロールプレイングゲームが挿入されている。勿論コンピュータもゲームも殆ど初期の時代にこれが作られています。」なるほどというおもしろい講座であった。
「新宿泥棒日記」は、横尾忠則主演作でものすごい話題になった映画。デザイナーを志す学生であった当時19歳の私は、胸をときめかせて観に行った記憶がある。しかし、40年が過ぎた今、どんな映画であったのか全く憶えていない。モノクロかカラーかも憶えていない。横尾忠則のうまくない演技力だけが印象に残っている。
40年ぶりに観た「新宿泥棒日記」は、感動だった。横尾さん(現在は、お会いすることがあれば「ヤア、お久しぶり」と声をかけてくれる)の演技は、相当のものだったし、時代の寵児としてのオーラに溢れていた。また映像は、モノクロとカラーの継ぎはぎで、だからこそ記憶がボケていたのだ。
物語は、当時最先端都市新宿の多彩なカリスマたちを被写体に置き、例えば状況劇場(唐十郎や李礼仙、四谷シモンなどそのまま登場)や紀伊國屋書店(田辺茂一社長も紀伊國屋書店を舞台に社長として登場)などそのまま、時代の「アングラ」な熱気を切り取ろうとしている。ノンフィクションとフィクション(横尾忠則と横山リエ)の融合というものすごい実験性に満ちている。
大島渚の評価は「愛のコリーダ」「戦場のメリークリスマス」であることは事実だが、それ以前に多くの意欲作品で圧倒的な実力を見ることができる。
40年前の田舎学生であった自分の鑑賞力不足が笑える、まあそんなものだろう。映画に限らず、文学なども鑑賞年齢、鑑賞環境に大きく見えるものが違う、観る力というのは本当に幸せを造り出してくれる。
午後6時30分、名古屋市中区伏見の「山」で名古屋造形同窓会との懇親会に出席。力強い同窓会に全面信頼をおいている。