2009/7/31 金曜日

● 7月31日(金)曇り。

カテゴリー: 日記 — takakita @ 11:27:33

来週5日、水曜日出発のトルコ旅行に向けて、仕事が追い込み。長期、大学とオフィスを空けるのは仕事を前後に押しのけること、厳しい。
夕方6時、名古屋市千種区の空色まが玉で「NOVさんは 書きたい 話したい つくりたい」出版記念の集いに出席。NOVさんこと酒井宣良(さかいのぶよし)さんは、1946年愛知県長久手町生まれ。名城大学建築家卒業後、28歳でNOV建築工房一級建築士事務所を開設。以降、建築家として「愛知たいようの杜」はじめユニークな建築を多く手がける。一方で、「伊勢湾共和国独立運動」など社会的活動、演劇、出版、イベントなど猛烈に多様に動く。それで一本筋の通ったビジョンを強く感じることのできる人であった。2008年7月、ちょいうど1年前62歳で亡くなられた。まさに「書きたい 話したい つくりたい」人だった。

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私は、25年ほど前に出会う、名刺の肩書きが「建築師」となっていたのが強烈に印象に残る。とにかくフットワークが軽く、いつも多様な場所で出会い、揺るぎないコメントを残した。
NOVさんを愛した人、尊敬する人、世話になった人ら60人ほど集まって、NOVさんを偲び、出版を祝う会が開催された。集まった人の顔触れをみていると、NOVさんの生き様が見えてくる。装丁デザインは小島久弥さん、30歳頃からいつも黒い服を愛し、黒がNOVさんの印象と強く結びつくそのまま装丁デザインに生かされた。

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2009/7/30 木曜日

● 7月30日(木)晴れ

カテゴリー: 日記 — takakita @ 22:30:51

久しぶりの太陽に、キャンパス中央にある百日紅(さるすべり)は、濃いピンクを一層濃くしている。百日紅の花の色は、一般的には淡いピンク、白とか薄紫とかいろいろある。

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「さるすべり」は読んで字のごとく、猿も滑る木という意味である、幹に皮が殆どなくつるつるしている。また漢字の「百日紅」は、夏の百日、7月から9月の約100日間、紅い花を咲かせ続けるのでその字がある。

また「くすぐりの木」とも呼ばれ、幹をくすぐると花を揺らせて笑うと言われている。花枝が細く風で揺れやすいので、いかにもそんな感じではある。庭木としては、高価な木ではあるが最近は街路樹にも人気の木である。

午後2時、「デザイン理論特講」レポート採点に入る。採点中は、集中したいので学長室に閉じこもる。49人分、採点を終えたのは5時、ホッとして学務(教務)課に提出。

図書館を覗く、最近できた返却棚。

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「学生が今どんな本をよんでいるかが一目でわかる、そんな面白さがあります。またここから直接本を借りることもできるので、結構借りていく学生が多い」と図書館職員の藤本真由美さん。

2009/7/29 水曜日

● 7月29日(水)曇り、一時雨。

カテゴリー: 日記 — takakita @ 22:00:08

午前11時大学、職員、教員達の相談、打合せをスピーディにこなす。チーム名古屋造形が確実に成果を上げ、成長していくために大切な時間である。

午後2時30分、執行部会議。

3時30分、本日予定している「名古屋造形名誉教授との懇談会」への出席者が来訪。お迎えの挨拶をする。ご出席の名誉教授は、寺光彦さん、石黒鏘二さん、加藤松雄さん、鵜飼昭平さん、柴田正三さん、武田昭さん。

4時、懇談会。パワーポイントでキャンパス風景を映写しながら近況を紹介する。新しくオープンしたD-2、D-3 galleryのあるG棟、はじまりの広場をご案内して、学生ホール2階のカフェへ。

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教授陣との懇談会。久しぶりの顔に、和やかな空気が流れる。

2009/7/28 火曜日

● 7月28日(火)曇り、一時雨。

カテゴリー: 日記 — takakita @ 22:00:17

午前中、半田市景観アドバイザー。午後1時30分、名古屋市中区大須のガレリアフィナルテで「稲垣智仁写真展 記憶」を観る。

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4つのロケ地による水の風景を組み写真で見せている。作者のコメント「目の前で様々な表情をなす光景は、時として向き合う者の思いと 記憶と相俟って 更なる表情を表す」写真は、さらに鑑賞者の思いを重ね合わす。されど写真というリアリズムは、写真現場がドーンと存在しておもしろい。

午後6時、愛知芸術文化協会(ANET)若手プロジェクトてな委員会。59歳の私が若手?という疑問も自他ともにあるが、愛知芸術文化協会の平均年齢がとても高いということ、さすがにこのプロジェクトでは最高齢。

2009/7/27 月曜日

● 7月27日(月)曇り、一時雨。

カテゴリー: 日記 — takakita @ 22:00:39

大学は試験週間に入り、学生は作品制作を一旦休止、試験勉強、レポートの提出に追われている。この時期、図書館は満員。

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午後1時30分、アートプロデュースコース日比野ルミ准教授と打合せ。

午後2時、小牧市、小牧商工会議所との産官学連携協定による相談で、小牧商工会議所の林一元さん、有限会社志村プレス工業所社長の志村正廣さんが来校。チタン加工に優秀な技術をデザインに生かすためのアドバイスを行なう。

午後3時、執行部会議。6時終了。

8時まで執務。なかなか明けない梅雨に緑はとても元気、キャンパスには酸素がいっぱいだ。

2009/7/26 日曜日

● 7月26日(日)晴れ、一時雨。

カテゴリー: 日記 — takakita @ 19:30:00

梅雨明けたかと思いきや、夕方には雷雨をともなう夕立、まだまだ天候は不安定。ベランダのアボカドの小枝に広がる夏空は、不安定そのもの、重い雲と、青い空が見える。

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午前中は、スポーツジム、午後はオフィスで仕事。

★ BOOK IMPRESSION 30
三田村博史「姜の亡命」風媒社発行

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三田村さんは東海市在住の作家。「姜の亡命」は、表題作はじめ12篇の小説が546ページに収められている。
「姜の亡命」は、名古屋市芸術特賞受賞作品で大作。40年前、北朝鮮から洋上殺人を犯し、亡命してきた男たちがいた。姜はその一人で主犯格、取り調べ官の「わたし」の語りで話は進められる。「わたし」はかつて朝鮮におり、朝鮮語を話すことができる。
姜の供述は、朝鮮と日本、韓国、その民族、国家の不条理を抱え、読者に突き刺さるように答えを求めてくる。読者は答えることも、無視することも、投げ出すこともできず、姜の供述に引っ張り込まれていく。姜ら4名は、韓国への送還という形で終えるが、重くのしかかる歴史はのしかかったままである。
「川途」「三保の松」「世阿弥、飛ぶ」は、世阿弥を扱った3篇で、深く興味を引きずられるままに読む。洗練された能ではなく、洗練に向かう能というものを、底辺の暮らしの中にみる。
最後の長編「オレハナ・アオイ島」は、中部の半島から舟で旅立ちオレハナ・アオイ島に向かう家族のような者たちの物語。翁為吉のもとにそれぞれが勝手に集まった者たちは、何かが欠けているが何故か羨ましい人たちでもある。オレハナ・アオイ島は、日本の最南にあって台湾も臨める貧しい小さな島。しかし、そこは楽園であると「姜の亡命」と対をなすように思える。

2009/7/25 土曜日

● 7月25日(土)曇り、一時雨。

カテゴリー: 日記 — takakita @ 17:51:38

 正午、名古屋市中区伏見の名芳同blancで「八島正明展」を観る。八島さんは、私の母校三重大学の先輩で、最初に作品を拝見したのは、1975年に安井賞を受賞した時である。依頼ずっと大好きな作家としてずっと追っかけている。

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 今展も、その全画面に揺るぎないモノトーンが心を捉えて離さない。大作も小品も夏の日差しの下で、息を止める長く短い時間が観賞の時間と重なる。学校がすべて木造であった頃へ誘ってくれる。

 向かいのギャラリー名芳洞で「Keiko Hara The exhibition」を観る。かわいい空虚な空間が作品が埋め尽くしている。捉えられそうで、スルッと逃げてしまいそうな、それでいて向こうのほうからこちらを見つめている。

 隣の白土舎で「竹田大助・再考」展を観る。竹田さんは、陸軍士官学校在学中に終戦を迎え、戦後1950年からのほぼ10年間が制作の時代。私にとっては、幼年の頃でその頃の画壇は理解を越えるものであるが、シュルレアリスム的表現にて不条理を突き止めるように暗鬱な世界を創り出している。時代の空気がしっかりと流れている。

http://www.h3.dion.ne.jp/~hakuto/takeda.html

 午後1時30分、大学。中国人で新潟県上越市在住のデザイナー費明宇(フェイ・ミンウ)さんが来訪。

 費さんは、現在株式会社トミヤのデザイナーであるが、中国吉林省東北師範大学で教諭を務めていた、姉妹提携大学である宮城教育大学に留学して来られたのがきっかけで、以来日本で専門の油彩画家として個展とデザイナーとして活動している。

 この度の訪問は、東北生活文化高校の倉本先生と名古屋造形大学の小林亮介教授の仲立ちで、私が中国で講演をすることになったその打合せ。中国政府招聘による講演は、吉林省の東北電力大学、北華大学、東北師範大学、長春理工大学の芸術学部、美術学部で教員、学生たちに行なうもの。

 9月20日から27日までの8日間、なかなかハードなスケジュールであるが、昨年の9月の大連民族学院、11月の四川大学の講演と大変関心の高い中国、むしろ興奮で承諾をする。

 午後3時30分、キャンパスを案内。前期実技終了、試験中、土曜日とあって学生は殆どキャンパスに姿を見せていない。かろうじて大学院洋画の打田宗平(うちだそうへい)君が制作中、声かけて費さんを紹介、油彩画家である費さんと話がはずむ。

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 夕方5時、大学を出て6時、名古屋で小林亮介教授と合流。名古屋が殆ど初めてという費さんに名古屋名物の手羽先、味噌串カツなどをご馳走する。「中国料理では、鳥のモモやささ身よりも端っこの足、トサカが高価です。手羽先おいしいですね。」と絶賛。

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