午後1時、名古屋市中区丸の内のアイリス愛知で開催の「第54回愛知学長懇話会」に出席。愛知学長懇話会は、愛知県の国立、公立大学法人、私学の大学の殆どが参加していえる。
会場に着いたが、何だか様子がおかしい、人気がない。懇話会事務局から「高北学長こちらへいらしてください」とロビーに。「実は懇話会は、11時からに変更になってました」その連絡がファックスされたにも関わらず、ナ行タ行の大学あたりに届いていないという状況。私のほかにもかなりの学長が1時開催のままになっていたという。まあ事務局の大きなミスだが、「起きてしまったことは仕方がない」資料と懇話会内容を確認する。
午後1時30分、同じ丸の内のウエストベスギャラリーコヅカで「三浦篤正展」を観る。三浦さんは愛知県立芸術大学出身だが、1998年の卒展で作品を観て以来好きな作家である。



木、アクリル、顔料でレリーフを構成し、やわらかなうねりを造る。平面と立体、空間の造形認識を行き来して、観る者を不思議な世界に誘ってくれる。今展の作品は、これまでのブルー、グリーンのグラデーションを封印、うねりを静かに押さえている。ベージュ、グレイ系の顔料に雲母が混ぜられ、キラキラとした輝きが垣間見える瞬間がある。作品とともに寡黙な時間を楽しんだ。
地下鉄東山線、伏見駅すぐのギャラリー名芳洞で「塩沢哲弥 人と自然展」を観る。風景があって、人が描かれている。人は幼児の落書きのような線描きで、誰かを特定するものではない。しかしその人々は、働き、遊び、歌い、みな楽しそうだ。作者は「生きがい」を絵のテーマとして、描くことそのものに「生きがい」を重ね合わせている。
伏見駅から南西へ5分、ギャラリーACSで「近藤幸展」を観る。近藤幸(こんどうみゆき)さんは、徳島在住の木版画家。海の中を思わせる神秘的で、大らかで、やさしく美しい作品。具体的なものは描かれていないが、抽象世界のようなクールなものではなく、誰もがスーッと入って行ってしまう居心地の良さがある。



許可を得ての撮影中、アクリル面に作品と重なるように映った自分の影が、作品の中に入り込んだようでいい気分だった。
すぐ東の名古屋画廊で「巨匠にみる『絵とは何か』展No.12」を観る。香月泰男、三岸節子の作品が多く並ぶ中で、オノレ・ドーミエの油彩画と小さなデッサンが飾られており、そのデッサンに釘付けになった。多くの線を走らせている訳ではないが、強い意志のもとに絵の力が凝縮されていた。
同画廊2階では、「生誕110年伊藤廉展」が開催されている。油彩小品と色鉛筆素描作品、フラスコに生けられたパンジーの花がものすごく可愛い。パンジーは、何点も描かれている。数々の大作を残す中で、童心のような作家の可愛い心が描かせるモチーフがあるように思う。
更に東に10分、広小路本町のちさんマンション広小路にある名古屋造形大学LABOXで「名古屋造形大学総合造形コース4年 吉岡ゼミ展覧会 シュウフク 原愛美 隅田舞」を観る。シュウフクは修復の意で、6週間3つの展覧会の共通テーマ。
原愛美(はらまなみ)さんは、アニメーション。エンドレスに流れるストーリーは、生命の永遠性をなぞり、環境修復への願いだろうか。長い周期を短時間で見せ、アニメーションの魅力を引き出している。何十枚も描いた原画を合わせて展示。



隅田舞(すみたまい)さんは、壊されたコンピュータ部品が修復されることを装いながらそこに小さなユートピアを造り出している。細い針金の造形は、線で描かれるように壁に広がり、ハッピーな壁に変えている、楽しい。


同マンションにあるごっと洞に立寄る。ギャラリーコレクション展であるが、こういうのがまた楽しい。池田満寿夫の初期銅版画がデッサン紙に刷られている、小作品だが濃い密度、時間が見えてとてもいい。
大好きな作家、大野俶嵩(おおのひでたか)のリトグラフが1点、目に留まる。晩年の花作品であるが、ただただ感動してボーッとする。ものすごく幸せな気分で画廊を出た。ごっと洞の主人後藤潤一さんは、名古屋造形の卒業生である。